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荒野に咲く花々4-ガブリエラ

 子守歌ではなく、戦士の歌で寝かされた


                 ガブリエラ・モリーノ・モレナ
                 ソノラ州先住民コムカク(セリ)



 デセンボケ・デ・ロス・セリスへと至る近道は、サグアロ(弁慶柱)、セニタ(上帝閣)、ピタヤ(三角柱)など柱状サボテン類が群生する広大な庭園の様相をしている。コムカクの若者はその近道を隠して使い続けられるようにした。共同体の人間か共同体に招待された人以外は、誰もその茂みを通過できない。ガブリエラ・モリナは茂みを飛ぶように跳ねていく。

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柱サボテンの群生地

 彼女は徹夜明けだった。私たちとの会見があった前日、彼女は伝統的警備隊【1981年創設】のメンバーとともに、密漁していた犯罪者集団と対決していた。武装した伝統的警備隊は、夜明け前まで犯罪者集団をボートで追跡して逮捕し、地区警察当局に引き渡した。この代議員は自分の身体全体に彩色をほどこしている。同時に、彼女は黒色のチョッキを着て、伝統的警備隊の一員として武器一丁を携帯し、先住民族コムカクの伝統衣装のリボンのついた稲妻模様の柄の赤色のスカートをはいている。

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制服姿のコマカク国の伝統的警備官

 カリフォルニア湾の海を背景に、ガブリエラは木製の小さな椅子に座っていた。千年の昔からの先住民、メソアメリカに居住し始めた最初の人々が体験した不遇について、彼女はよどみなく語りだした。ほかの先住民族、ナシオン、部族と同じように、コムカクの人々は犯罪者集団から監視され、領域に押しつけられた鉱山企業の脅威にも直面している。4年前に「鉱山会社が来て、武器で私たちを脅迫しだした」【2010年開発権を不法取得した会社が2014年探査活動開始】と、彼女は語る。「受け入れるのか、それとも銃弾を食らわせようか」と言いながら、鉱山開発計画は共同体にやって来た。コムカクの民はいずれの選択肢も拒否し、抵抗を継続している。
 2015年、ラ・ペイネタ鉱山【グルーポ・メキシコ、カナダ資本シルバーコープ社など巨大企業の現地会社】の労働者は、コムカクの神聖なる領域から約300トンの鉱石を採掘し、先住民居留区を31kmにわたって破壊した。そのため人間の健康や環境が甚大な被害を受け、ミュールジカやオオツノヒツジの生命も脅かされた。多くの人がガビという愛称で呼ぶガブリエラは、ソノラ州の鉱山企業は「地域に豊富に埋蔵され金、銀、銅を持ちさる」ことを企んでいると、警告する。
 この若い女性が領域防衛に直接的に関わりだしたのは、鉱山会社との闘いである。事前の合意や協議がないまま、鉱山開発権が認可されたため、共同体の女性たちは組織化を始めた。ガビはこの時のことを次のように覚えている。「最初、ラ・ペイネタ社だけと考えていた。しかし調査すると、露天掘りの鉱山開発権認可は8カ所もあることが分かった」。デセンボケから約5kmの所にはラ・ロヒサという鉱山開発権が認可されていた。プンタ・チュエカの土地以外にも、テポパの丘に開発権が認可されていた。
 デセンボケとプンタ・チュエカはコムカク領域を構成する二つの共同体である。両方で砂漠と海の世界で生活している人は約2千人いる。CIGメンバーとしてガブリエラを選んだのは、デセンボケの伝統会議である。彼女は現在のセリ伝統的統治者の娘で、かつて統治者になった唯一の女性の孫でもある。けっして少ないとは言えない共同体の闘争の組織化を推進し、可視化する責任を彼女は担っている。

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コマカク国の領域

 鉱山会社との闘争以外にも、面積20万ha超で、100km超の海岸線を有するコマカク領域【12万haが共同体、9.1万haがエヒード】の脅威は多い。砂漠や海岸地帯へのホテル建設計画やティブロン水と電力会社が推進する潮力発電計画もある。この会社は、エルモシージョ潮力エネルギーを通じ、海水淡水化事業と発電を推進し、メキシコ北西部と米国南西部に販売しようとしている。

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コマカクの領域は動植物の楽園

ティブロン島、コムカク民族の脅かされる心臓部

 インタビュー用の急造セットの背後に、ティブロン島の美しい姿が聳えるように広がる。メキシコ最大のこの島はコムカクの聖地で、面積1,200㎢はメキシコ市の面積にわずかに及ばない。セリ戦士の会合の場所だった島に今居住しているのはメキシコ海軍だけである。海軍はプンタ・トルメンタという入江にコムカク部族の承認なしに施設を建設した【1975年プンタ・チュエカの対岸、港湾と滑走路設置】。「海軍当局はセリ権威者との合意に基づいて島にきたというが、それは嘘である。海軍は領域を管理するかわりに、組織犯罪集団の活動を護っている」と、ガブリエラは非難する。「領域に暮らす人々の大半は海軍の島への駐留を認めない。私たちは島への敬意の念を抱いている。海軍が島にいても私たちの役にたたない。イワシ漁船が禁漁域【ティブロン島岸と海峡部はコムカク以外の漁業禁止】に侵入しても、海軍は漁船を警護するだけである。コムカクに対して禁漁期【5月~8月】を設定しながら、トロール漁船の操業を禁じるどころか、彼らを保護している」

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耕地が少なく生業は漁業と狩猟採集

 「太古からの揺籃の地で、生き残ったセリの人々が避難してきた場所である」ティブロン島は、コムカクの心臓部である。今、この島に元の住人は居住していない。その理由は、神聖な場所であるティブロン島の汚染を望まないからである。「それを理解していない人もいる」と、ガブリエラは嘆く。ティブロン島は自然保護区であり【1963年動植物保護区認定、1975年コムカク共同体土地認定】、先祖の身体はこの島に眠っている。海軍の島への侵入を阻止しようと先住民が抗議の声を上げた時、国立自然保護区全国委員会は何もしなかったと、モリナは非難する。「海軍が島に侵入するチャンスを与え、島の探査作業の名目で、私たちに数多くの要求を押しつけてくる」。
 動植物の天国といえるこの島で危機に曝されているものは少なくない。オオツノヒツジ、ミュールジカ、コヨーテ、砂漠亀、固有種の蛇類、野生のフリホール豆、種子が食用となる植物類、球状のサボテン、アイアンウッド、薬草や数多くのサボテン類など何百種もが存在している。こうした動植物は政府や多国籍企業にとって無視できない資源だが、その所有者はコマカクである。人類学者ガブリエル・エルナンデス・ガルシアが主張するように、太古の昔から、島、湾、入江、洞窟、山は、政府が仕掛けた戦争のなかで、コムカクが生き残りを可能にした避難場所となってきた。

海が奪われれば、命も奪われる

集落に到着する前、「皆さんは何でも食べますか?」と、ガビはデシンフォルメモノスのスタッフに尋ねた。彼女と家族が料理の用意をするので、事前に確認したかったという。「はい、何でも」というスタッフの返事に、「ここで私たちが食べるのは海産物だけ」と、ガビは答えた。実際、出されたのは海産物だった。魚やエビが盛り付けられた大皿が食卓に並んだ。遊動生活をしてきた海の民は、魚を追いかける生活をしなければならない。早朝から、コルテス海(カリフォルニア湾)で網を広げ、小さな漁船に一日の獲物を積み込む。海産物の種類が豊富であり、この海域では密漁船や外部からの侵入が見られる。「彼らはあらゆる略奪を行い、コマカクに責任転嫁しようとする」

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コムカクの人々の生業は漁業

 伝統的警備隊メンバーでもあるガブリエラは、「領域の再調整」の活動に携わり、海域の監視も強化している。「共同体の外部から来て漁船を襲撃する」犯罪者たちを拿捕したこともある。私たちはそのような人間ではない。私たちは何も悪いことはしないが、いつも悪事は私たちのせいにされる。だから、私たちは犯罪者たちを捕まえては、警察当局に引き渡している」と、ガビは説明する。
 「私は海とともに育ってきた。海は私の人生そのものだ。単なる水の集合体ではない。それ以上のものである。私たちの先祖全員の血の賜物で、私たちが生き延びる場所でもある。しかし、禁漁といった制度を越えて【2012年以降、蟹、海亀、サメ、マンタエイの捕獲禁止】、海を大切にし、尊重しなければならない。私たちは時期を限って禁漁しているわけではない。海域は私たちの食料が再生産される空間であり、そこで生き延びている。海は私たちの精神性の一部を構成している。私たちから海を奪うことは、命を奪うことになる」。耕せる土地はとても少ないため、セリの人々は漁撈や狩猟を行ってきた。しかし、シカ類やオオツノヒツジはかなり激減している。そのため狩猟活動は極秘裏に行われてきた。
 この領域の緊張状態はほかの地域と大差ない。メキシコ全土で問題となる以前からこの地域には麻薬犯罪集団のネットワークが広がっていた。「海軍や治安部隊がいる所はどこも似た状況が発生している」と、ガブリエラは断言する。以前は、部族の人は告発しなかったが、「今の若者は変わってきている。意識も高くすべてを明白にしようとする新しい世代がいる」と、彼女は指摘する。若い世代は、社会的ネットワークを通じてそれを実践し、認められないことを明らかにしてきている。

私は焚火の前に座り祖父母の歌や物語を聴いて育った

  バチャ山麓のサグアロとピタヤの茂みのなかで、ハネイディは「創生の歌(Hamat Cmaa tpaaxi)」を詠唱する。彼女はガブリエラの妹で、姉と同じように旧来の殻を打ち破り、伝統的な歌をヒップ・ホップのリズムで歌っている【プンタ・チュエカ出身の歌手サラ・モンロイと並ぶヒップ・ホップ歌手で、環境保護活動にも従事】。部族の誰もがするように、ガブリエラの兄が漁業に従事している間、2歳の姪ニコレは片言のコムカク語とスペイン語を喋りながら、海岸の砂浜を駆けずり回っている。

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妹ハネイディはコマカク伝統歌継承者

 ガブリエラは祖母が熾した焚火の周りで幼少期を過ごした。成り行きで、彼女は祖母によって育てられることになった。「同年代の女の子と遊ぶ時間はほとんどなく、祖父母と一緒に焚火の周りに座り、歌や物語を聴きながら育った。幼い時から引き継いだものはとてもインパクトの強いものだった。だから、自分の文化、仲間、踊り、コマカクの人間として有するものすべてに強くこだわっている気がする」。

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 6月の新年祭の女性の踊り

 一人になると、ガビは祖母からマッチを拝借し、山に入って焚火を熾し、メスキーテの莢でちょっとした料理をして遊んでいた。「幼年期は一生を決定する」という定言が確かなら、ガブリエラにもその図式は適用できる。生まれて間もなく、母親は叔母にガビの世話を委託した。叔母はガビを祖母の下で育てた。母子が別れて暮らす理由を叔母や祖母はよく知っていた。

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メスキーテの莢から豆を抜き取る

 ガビは村の小学校で学んだ後、中学校二年生の時に村を出て、両親と一緒に生活することになった。両親は、外部の人間との関係を築くべきだと判断し、ガビをバイア・デ・キノに連れて行った。彼女はそこで残りの中学校と高校を過ごした。その後、デセンボケに戻ったガビは、「善良な反逆者なら誰もがするように」村を出て、大学に進学した。
 ガビの反逆の気性は祖父母によって培われた。「反逆心は祖父母が私に教えてくれた」と、伝統的な祝祭で彼女が葦の棒を使った男性のゲーム【6月末の新年祭の行事、女性は環状の踊りを実施】に加わった時のことを思い出しながら、ガビは言った。祖父母は「男のすることだから、そんなことはするな」とは言わなかったので、ガビは「自由な雰囲気の中で」育った。とはいえ、「外部の人」と生活することは彼女にとって不自然なことだった。勉強のために村から出た時、「私たちの実態とは違うことで、人々は私たちを非難することに気付いた。私たちをよく知らないのに、私たちの悪口を言い差別してきた。バイア・デ・キノで生活しはじめた時、私の友人からは、セリ・インディオは野蛮で勉強せず、働くことが嫌いで、人殺しや強盗だという話しか聞くことはなかった」。その当時、ガブリエラは自分を偽り、自分の母語を使うことはなかった。
 現在、CIGメンバーのガブリエラは二つの学士号を持つ。一つはバジェ・デル・メヒコ大学エルモシージョ校の食物学の学士号である。彼女の料理に関する論文は、彼女の民族の代表的な料理に新しい要素を取り入れるという提案だった。論文では、彼女の共同体の先住民の健康に多大な影響を与えている小麦粉の代わりに、メスキーテから造った伝統的な粉末【乾燥地に生える樹高10m弱の灌木、莢に豆をつける】を使用することを提案した。その後、メキシコ市に行き、UNAMで政治学を学び始めた。
 ガブリエラ・モリナの過去は、彼女が属し人生に深く跡を残す戦士の氏族まで溯る。だから、彼女が領域の防衛の闘いに参加しても、誰も驚きはしない。彼女が大学での勉強を終え、デセンボケに戻ってきた時、ほぼ同年代の若い女性と出会うことになった。彼女たちは、鉱山会社がコムカク領域の半分あまりに進出しようとしていることに強い危機感を抱いていた。
 鉱山開発の影響に曝されるもう一つの共同体プンタ・チュエカの仲間と連絡し合うため、彼女たちはフェースブックのグループを立ち上げた。互いの顔は見えなかったが、ほかの仲間は既婚者で責任役を担えなかった。唯一の未婚者で子供のいない(現在も同じ)ガブリエラが、非公式だがグループの広報担当となり、鉱山会社の侵入を告発し続けることになった。その結果、「ヤキ、マクラウェ(グアリヒロ)、ララムリなどの先住民族の仲間」の闘争と出会った。時とともに、私たちはメキシコ南部の先住民の仲間とも連絡をとり、ショチクアウトラ【メキシコ州先住民族オトミ、聖地通過の高速道路建設反対】やアテンコ【メキシコ州、国際空港建設計画反対】、ほかの民族とも支援提供のために連絡を取り合うようになった。
 最初は「たんなるフェースブックのグループ」だった。財源も「名前もなかった。自分たちが何者かも分かっていなかった」。プンタ・チュエカに移動するガソリン代のための共同出資から始めた。「私たちはトラックでプンタ・チュエカに向かった。そこでエヒード代表委員と話し合い、エヒードのメンバー全員が参加する総会の招集を要請した。その目的は、人々は何も知らないので、詳しい情報の提供を鉱山会社に要請することだった。判明していることがあれば、それを知るためだった」。村に帰った女性たちが驚いたのは、彼女たちが「マチスタの共同体にいる一握りの売春婦」と、批判されていたことである。ガビは村の女性を扇動していると告発された。「だが、私は笑うしかなかった。私にこうしたことをするよう後押してくれたのは、村の女性たちだったからね」。

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領域防衛グループ記者会見(2015年4月)

 ガビは書類を抱えメキシコ市に何度も行き来した。やがて、鉱山会社との闘いで助言してくれた研究者グループに支援され、UNAMで政治学を勉強することになった。当時、鉱山会社は開発に反対する人物を脅すために用心棒を雇い、彼女にも死の脅迫が続いていた。「反対運動を止めろとか、鉱山会社の活動を認めろと、連中は私たちに言っていた。バスケットボール・コートでの公開集会で、企業経営者の一人は、妨害されずに操業するには、いくら欲しいのかと、数百万ペソを提示したことがある。私たちの尊厳や生命は売り物ではなく、そんなものは欲しくないと言った」。
 鉱山開発権認可の差止訴訟において、ラ・ペイネタ鉱山の操業は阻止することができた。しかし、勝利は書類上のもので、ソノラ州政府は何もしなかったので、「私たちは実力阻止しなければならなかった」。彼女によると、女性グループは鉱山に向い鉱山にあった全器材をバラバラに壊したという。 
 UNAM政治学部のコレクティボや活動家の仲間は、けっして降伏しないという彼女の姿勢の拠り所である。「彼らはラテンアメリカ諸国の社会闘争の同志が書いた本を貸してくれた。当時、私は25歳だった。何度か国外に出かけ、先住民領域で自然保護グループと共同活動することもあった。海亀の保護活動に携わり、それが縁でパナマ、コロンビアやほかの国の先住民と一緒に調査する機会もあった。ほかの先住民族の仲間と過ごすことが気に入っていた。メキシコの闘争に関してあまりよく知らなかったが、私も闘争に参加するようになった。今では私を闘争から引き抜くことは誰にもできない」。  
 「ティブロン島の共有財産防衛の活動のため、私は学業を中断することにした。多大な被害を与えてきた伝統的権威者がいたことが分かったからである」。共同体は若者に信頼をおくようになり、「私たちに法的な対応に関する支援を要請してきた。私たちのグループには、弁護士が一人、エコロジー研究者が一人いる。現在も、私たちはこの活動をしている」。

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伝統的統治者のガブリエラの父

 インタビューの翌日、2017年11月4日、女性たちは戦士の氏族の土地に集合した。力強くエネルギッシュな伝統的統治者のガブリエラの父は、集会の中心行事として皆で分かち合う食事会を呼びかけ、組織した。長老審議会も臨席し、迷彩服姿の伝統的警備隊は武器を携帯して参加した。最初に来たのは、長いスカートで、スカーフで髪を覆ったセリの女性である。彼女たちは食事の準備に取り掛かった。臓物が煮込まれている傍らで、取材活動を認可した長老審議会の権威者ドン・ミゲル・エストレージャが発言している。コムカク語は独特な言語である。会議ではエヒードの問題が話題となった(クルミの木の下の日陰で女性が筆者のために訳してくれた)。中央には料理が盛られた鍋が置かれ、集会中は男性たちが料理を配る役割を担当した。最後に古老の唄い手ドン・アドルフォが海に向かって詠唱した。

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詠唱する古老ドン・アドルフォ

 ガブリエラは集会で発言した唯一の女性である。何を言っているのか、みていこう。その後、彼女は女性たちと一緒になり、会合は続いた。「何度も危険な状況に曝された」と、彼女は認めている。「しかし、この活動を始めた時から、それはみんなのために生きることだとわかっていた。祖父母はもういないが、はるか彼方で私を護っている何かがいる。だから怖いと思ったことはない。何かをしようとするたびに、祖父母が教えてくれたように、私は祈りの言葉、祈祷をするよう心がけてきた。私は怖くない。だからと言って、私が勇敢かどうかは分からない」。トロテの木の皮で丸い籠【コリタ、直径20㎝程度で制作1カ月、1.5mでは制作2年】を編む工芸品作家の母親は、彼女を見つめ微笑んでいる。

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女性は籠細工の名人

 セリの女性は家族経済の重要な担い手である。現金収入の主要な稼ぎ手でもある。子どもの時から、籠の制作技術を習い、彼女たちが生産した籠は米国の市場でドルを稼ぐようになっている。コムカクは白人が到来するまでは母権制社会だったが、白人がそれを転換してしまった現在、ガブリエラのような女性は社会内部の政治体制を取り戻そうとしている。「女性の役割を取り戻そうとしているので、こうした活動はかなりきついものだ。以前、特に私の家族では、戦いの戦略を練るのは女性の役割だった。シカを狩猟するのは女性で、戦士たちに仕留めた獲物を渡していた」。

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ガブリエラの系譜は戦士の氏族

 ガブリエラの氏族は父方を辿ればまさに戦士の氏族である。一方、母方は唄い手の氏族に属する。コムカクには、共同体内部の役割に応じて、工芸品製作者、精神的指導者、伝統的医療者などの氏族がある。「幼い時から、お前の氏族はお前に教える。お前に以前の歴史を語る。それは、お前が自分の民を裏切り、売り渡さないためである。お前が共同体や領域の利益を理解するためである。お前を育てるなかで、どのようにメスティソがやって来たかを語ってきた。彼らはグアイマス港からプエルト・ペニャスコまでのコムカク【植民地期初期のコムカク領域】を根絶するために来た。長期にわたる殲滅戦争【1760・70年代、1850・60年代、1930年代】を生き延びた24のセリの子孫のブリエラは、「いま私たちが持っているものをすべて保全し、ここにあるすべてを保証し続けていく」責任を担っている。揺りかごの子守歌でなく、戦争の歌で彼女は寝つかされてきた。

闘う女性は料理番でも男性に付き従うこともない

 2006年10月、「別のキャンペーン」の一環として、当時の副司令官マルコスが、もう一つのコムカクの共同体プンタ・チュエカにやって来た。それはコムカクがサパティスタやCNIの提起にはじめて接近する機会でもあった。当時、ガブリエラは小さな子供だった。彼女がこうしたメキシコ国内の先住民族、先住民国、先住部族のネットワークと接触したのは、2016年だった。その年、チアパスで開催された会議では、先住民族の闘争を可視化し、2018年の総選挙に向けての組織化を呼びかける提案に関する討論が行われた。その橋渡し役となったのはヤキ部族だった。

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別のキャンペーンのプンタ・チュエカ訪問

 現在、CNIやCIGに参加しているのはコムカクの若者たちである。年配者は若者の後ろ盾として、彼らを護っているが、領域外で開催される集会には若者を派遣する。ガブリエラが言うように、どちらの世代も、政党は自分たちを利用・分断してきたという点と「国内の諸勢力を結集し、すべての闘争を可視化するため、私たちの時代が到来している」という点で、意見は一致する。政党と異なり、「私たちは何も約束しない。私たちは先住民族や市民社会を可視化するものに変えている」と、若い女性闘士は明言する。「私たち先住民の組織に関して、共同体の中で私たちがどのように活動しているかについて外部からでも分かる」ように努めると、彼女は説明する。政党は私たちがまったく知らない人達で構成され、彼らが勝手に選び、押しつけ、排除する。一方、代議員は、私たちとともに、それぞれの意思に基づき総会で指名されている。こういった点が政党とは異なっている。
 「CIGの様々な公的活動での発言者は女性である。広報官マリア・デ・ヘスス・パトリシオ、通称マリチュイの発言は最後である。女性の発言は、告発し組織化を呼びかけるものである。「私たちのようにこの活動に携わっているのは数多くの女性同志である」と、ガブリエラ・モリナは誇りをもって言う。すべての女性同志は、「自分の属する共同体の中で活動している。美人といった理由で代議員に選ばれるわけではない。誰もが何らかの経歴をもつ。多くは教師で医療関係の女性もいる。そして領域を防衛するという社会的闘争に携わっている。私たちは自分の家から出なかった昔風の女性ではない。だから、共同体あるいは私たちの民族が私たちを指名したのである」。

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集会で発言するガブリエラ

 闘う女性は、料理をするだけ、男たちに付き従うだけの女性ではない。アデリータの慣習【1910年代メキシコ革命で、料理、看護、助手として従軍した女性の総称】に忠実に従うことはない。今では女性は発言し、男性を従えることもある。もう男性に付き従うことはない。ガブリエラは村のマチスモを否定しない。しかし発言する女性が徐々に多くなったと確信する。「しかしそれは目新しくはない」と、彼女は明言する。「私たち女性は声を上げ、領域を護るために前進しようと、男性を激励してきたのだから」。

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女性もエヒードの問題を母語で討論

 昔のコムカクは母権制社会で、重要な決定をする場合、まず女性たちで話し合いを持ち、決定していたと、ガビは保証する。マチスモが「到来したのはそんなに昔のことではない。セリの女性が、白人の男性、コシャ、つまりメキシコ人と結婚しだしたことと関係している」と、彼女は説明する。この変化は小さなものとは言えない。コシャはコムカクでない人、つまり外部の人という意味である。

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かつてのコマカク国は母権制社会

 砂の民の国を構成する人口は2千人をわずかに上回る。しかし、セリの伝統的統治政府によると1920年の人口はわずか200人だった【1925年196名、1952年統計でも215人】。人々の抵抗の規模に比例し人口は増加した【センサスの5歳以上母語話者は、561 (1970年)➝629 (1990年)➝776 (2010年)、先住民自己規定者は、1,031 (2010年)➝1,263 (2015年)】。要するに、セリの人たちはセリとして存在することをやめることを拒否している。
 「ここで、私たちは、流れに逆らって、かつてないほど活力をもって生きている。それこそ、私たちの望むことである。私たちは、私たちとの協議もないまま推進される構造改革に同意していないことをはっきりと理解してほしいのである。私たちはそのような押し付けの開発計画などまっぴらごめんであることを知ってほしいのである。私たちがここにいること、そして参加することを私たち望んでいることを理解してほしい」。先住民族として「私たちは耳を傾けることに慣れている」と、ガビは説明する。だから、メキシコ国内を巡回する目的で今やっていることは正当なことである。何もしないままで、何かが来ることはない。だから「私たちはただ座り続けて何かを待つことはない」と、彼女は断言する。

参考動画
・この報告とセットの動画 https://youtu.be/TtX2GlJKx_I
・2016年の会合での動画  https://youtu.be/_4GfKMn4ksM
・妹ハネイディの歌    https://youtu.be/ji-7ugPGa5w
























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