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TOKYO RETROSPECTIVE

現在地点。振り返ったとき向こうで手を振っているのが過去。
私が未来へ歩みを進めれば、過去の地点はだんだんぼやけて少しばかり都合のいいクラシックなカラーのフィルタをかけた様になる。
レトロというにはまだ少し歴史の浅い、やさしいノスタルジー。

時間の止まったような町を歩くのが好きだ。下町よりは、中央線沿い。西荻窪は坂道がきれいで、西日がよく映える。等間隔の電柱も素敵でとても画になる。
昔、ふとしたときに恋人が不思議な話をしてくれたことがある。

「僕はそのとき高校生でね、入院している父の見舞いに病院へ自転車で向かってたんだ。少し長く入院していて、毎日ではないけど、けっこうな頻度で通っていて。その日も病院へ向かっていたんだけど、なんだかふっと、違う道を使ってみようと
思ったんだ。それで、曲がってしばらく進むとどうにも人の気配がないんだ。そしたら貸本屋があって。」
「え?××さんの時代には貸本屋はもうないわよね?」
「うん。だからおかしいなって思ったんだけど。貸本屋は閉まっていて、カーテンの隙間から覗いて見たら、本が魚屋さんみたいに平積みにされてて不思議だった。それから少しうろうろしてみると駄菓子屋があって、入ってみたんだけどなんだか商品が古いんだよ。僕の趣味はウルトラマンだろ?カードが欲しかったんだけど、すみませーん、てお店の人を呼んでも出てこない。買い物できないからお店を出て、しばらくうろうろしていてやっぱり人がいない。でも少し向こうに中学生くらいの子がいて、道を聞こうとしたとき、僕まだ何も言ってないのに【あっち】て僕の来た方向を指差したんだ。それでありがとうって言って引き返した。するとすぐに知ってる道路に出たんだよ。通り道だから何度もその場所を探したんだけど
二度とたどり着くことは出来なかった。」
「それって神隠しじゃないの?」
「え?」
「映画にもあるでしょ、××さんは人がいないからって向こうのものに手を付けなかった。だから帰って来れたんでしょ。」
「あ、、、、」

そんなふうに七つ年上の恋人と話をしたこともあったのだ。
それもいつかここを離れて過去になり、ノスタルジーを過ぎて、その時代に埋もれレトロ雑貨のようになる。小さくて可愛くて、その時代の形をしているもの。

アンティークのテディベアが好きだ。新品で迎えるならメリーソート社のベアだけど、アンティークなら俄然シュタイフ。それから、無名の掘り出し物もある。
その時代を生きていた、というだけで価値があるのだ。もちろんベアたちはお話しはしてくれないが、最初はどんな子に贈られて、どう過ごし何があって別れ、ここに並んでいるのか。だいじにされた痕のある子や、修繕を少し
失敗してる子、戦争と海を越えて来た子。以前の持ち主をどんなふうに見ていたの。

テディベア、チーキーの場合
「ぼくは或る男の子の、五歳の誕生日に贈られたんだ。彼は包みを開けるなり驚いた顔をしてそのあととても笑顔になって抱きしめてくれたのをよく覚えているよ。それからどのくらいだろう。毎年誕生日にはぼくの席も用意されて、もちろん彼の隣にね。ケーキだってきちんとぼくの前に切り分けられたんだ。ある日、みんなが外に出かけたあと、洗濯物を干し終えたママがぼくを抱いて、にっこり笑って何度も撫でてくれて、ああ、うれしいな、ぼくは動いてお願いすることができないから、とってもうれしい気持ちになって、それからママはぼくを丁寧にブラッシングしてくれてまたハグして、キスもしてくれて、もとの位置にぼくをそっと置いて、キッチンの方へ行ったんだ。そして銃声があって、、、、。僕は何も出来なくて、気を失ってほんとうにただのぬいぐるみになってしまった。そこからもう何も覚えてないよ。目が覚めたのは輸出用のダンボールの中だった。
きっと全部片づけたんだろうね。彼はどうしてるかな。もしかしたらぼくはずっと彼の傍にいたのかもしれない。でも、銃声のあと、魂が抜けちゃって。本当に何も覚えてないんだ。きっと彼はもうこの世にいない。今は何年?二千二十年?じゃあとっくに、、、。」


メーカー不明、ドイツ製のうさぎの場合
「量販品のデッドストックじゃないのかなあ。あんまり記憶がないんだ。ずっと倉庫にいたんじゃない?きれいでしょ?たぶん僕と同じ型の子いっぱいいたと思うよ。そんなに高級な生地でもないし。たくさんの僕がたくさんの子供の友達になってたと思うと僕はひとりぼっちで生き残ってここに
並んでいてもちっとも嫌な気分じゃないぜ。君だって今財布の中身の確認しただろ?うれしいよ。」

アンティークはけっこうやかましいのだ。アンティーク・ショップや、一点置いてあるだけの場所、そんなところで彼らはお喋りをしている。それはテディベアたちに限ったことではなく、例えば打ち捨てられた朽ちた古物、いわく付きのもの、何年も野ざらしにされているうちに何かが棲みついて
しまったもの、手入れのされていない鏡台。

そして、人間。
人間もまた物質であることから古物なのだ。


東京で再会した「七歳年上の恋人」はもう五十近くになっていた。まっすぐだった志しは何かに大きく曲げられ、照れ屋であまり目を合わせることもなかったその視線は、私の頭から爪先までの輪郭を嘗め回し焼き付けるように動く。
あの頃から見れば近未来である私たちの現在地点。こどもの描いた近未来と現実の未来が一致しないように、私の描いた近未来も、ちっとも近未来じゃなかった。
そこにあるのはただの現実。紛れもない事実。

「ずいぶんオジサンになっちゃったんですね。」

でも本当は分かっていたのだ。あの頃よりも少し幼い姿をしていて、でももう塗り固めた何かでそれは二度と出られることがないのだ。自ら望んで叩き壊されでもしない限り。
きっと彼はそれをしないだろう。自分で築いた壁に埋もれていくのだ。そして密閉されたその空間で、魂はゆっくり変質する。

君のウルトラマンのカード。

私の、舶来のぬいぐるみ。

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(ゆうがたのくに第十五号掲載作品)

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