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東京サレンダー


あまりに窮屈だったもので世を捨てることにしたんです。あたしはあたしの世界でひとりっきりで生きていくことにしたんです。もともと浮いたところはありましたし、あーなんかもういいや、って、辞めることは簡単でした。

あたしは浮いたところがあってかたいへんにモテました。自分ではそう思っていたのです。しかしこうして離れて見ると、浮いてるあたしを「かわいそう」と上から目線のクソダサいじめられっ子が「こいつならいける」と寄って来ているだけでした。

あたしは十九でアイドルになりました。自分が人と違うということをよく知っていましたので、異物として生きていくことに抵抗はありませんでした。しかし世間はなんだかようすが違いました。多くの人があたしのいうことを聞くようになったのです。あたしははじめそれが可笑しくてたまらなかったのですが、次第に苛立つようになりまして、それならばこんなものは不要だと家族や知人を捨てました。いいえ、あたしが捨てられたということでよいのです。地位や名声を得て高慢ちきになったのです。

その甲斐あってこころは穏やかになりました。アイドルになる前のような奇天烈さも奥に秘められるようになり、今度は女優にとお話を頂きました。昔のあたしのような、破天荒なエネルギーを持て余している小さな女の子たちが新芽のようにあらわれる世界です。わたしはどうぞと席を譲りました。

女優になったわたしに十ほども若い恋人が出来ました。爽やかながら真面目そうな方でした。しかしわたしといるときに、流行りものの話題を多く出されました。わたしはそういったものから遠ざかっていたので、あらそうですの、と面白く耳を傾けたものですが、若い恋人はわたしより流行りものの方がお好きなようでしたので、わたしは捨てられてしまいました。

かつて秘めた恋仲だった方とも再会いたしました。先述の男性のようなところはあったのですが、彼は嘘を使うようになっていました。知らないことや、経験していないことに関して、ないことをあると述べるようになっておりました。わたしがいけないのだろうと思いました。貴方が弱くて可愛い守ってやらねばと思っていた少女は今やテレビやラジオで見かける女優なのですから。

わたしは流行そのものでした。世を捨てた先にあったのは自身がそのものになるという事態でした。わたしはどんどん世間を離れてゆきました。かつて女優さんを見てそのように見えたのはこういうことだったのかしらと思いました。

秘めた恋仲だった方をA氏としましょう。A氏には強い趣味があり、わたくしもその世界のことを好いておりました。A氏はある日趣味の世界のことについていけなくなったのです。わたくしが「〇〇はかわいいですわね」と申し上げると、かわいいともかわいくないとも言わずはぐらかしました。わたくしは趣味から興味が離れることはよくありましたが、引き出しにきれいに仕舞っておいてあるので、すぐに取り出すことが出来ました。A氏は趣味を続けるあまりに溢れてしまったようでした。

そしてそこからが問題なのです。A氏は自身の趣味の世界を否定するようになったのです。おもちゃ屋さんに入ってくる新しいおもちゃの意味がわからなくなったかのように。純真なこころはどこかで止まり、「こんなものは分からない」とばかりに否定をされるのです。

わたくしは新しく入荷される玩具をたのしく拝見いたしました。友人が手に取っているものは気になりましたし、どのようなものか触れてもみました。この趣味の世界でこそ、世俗であり、世俗ではなかったのです。わたくしたちはこの泥のような沼のような世界でいつまでも無垢な存在でありました。

A氏は段々に魂が新鮮ではなくなりました。こんなこともあるのですねとわたくしは思いました。そしてその場からそっと離れました。

わたくしはまた自分ひとりの世界で生きております。ときどき取材もありますが、取材というものはその雑誌やテレビに都合よくなければいけませんので、割り切って受けることにしています。なので、そんなものはすべて出鱈目だと思って皆さんも見てください。世界はすべて虚構です。都合よく見えるように補正しているのです。そしてそれは恋なのです。

どうぞ素敵な魔法の時間をお過ごしください。


女優Cより


(薄荷水)



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