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2年前。

もうじき日付が変わる。

2年前。今頃。

何にもないベッドの上。空っぽの部屋と空っぽの心。

荷物は全て出して見えるところに一枚のパーカー。

固いマットレス。隠してある赤いスーツケース。

枕も布団もない。
眠れない。

台風は去った。

飛行機は確保していた。送ってくれる先輩に連絡してからスマホは電源を落とした。

夜が明けた。
晴れ。快晴。深呼吸するベランダ。

最後の洗濯と掃除。
合鍵は下駄箱に置いて。彼に最後の手紙を書いた。

猫を早めにキャリーに入れた。最後に見た景色。ついのすみかのはずだった。

苦しかった。

迷いはなかったと言えば嘘になる。

猫を連れて昼逃げをしたあの日に。

あの頃の救いはヤフー知恵袋だったな、と思い出す。

苦しさを質問投稿した。
いろんな回答が来た。辛口も励ましもいろいろ。

泣いて飛行機の中でサクリとベストアンサーを決めた、と同時に響いた回答を見逃していた。

(以下はその回答をコピーしました。)

50過ぎても夢見る少女が抜けてねえんだなあ・・・



やり直せるかどうか?

誰に訊いてんの?

それとも占いかい?



若者ならまあしゃあねえよ。



50年も生きてりゃ判んだろ?



自分の人生は自分で切り開いてみなきゃ誰にも

何もわかりゃしねえよ。



見知らぬ誰かに「いい歳して失敗すんから辞めとけ」って

言われたら諦めんのかい?あなたはさ。



もう家出ちまったんだし、国家資格とやらもいくつもあると

自信ありげに胸張ってんならやってみるさ。そんだけだろ?



多分さ、傷心のあなたは慰めて欲しいんだよ。



励まして欲しいんだよ。



女として大事にして欲しい、守って欲しい、愛して欲しい。



そういうホンネが行間から湯気のように立ち上ってるよ。



寂しくて弱気になってんだよ。



本当は旦那に「お前がいなくちゃダメなんだ、大事にするから

帰って来てくれよ」と言ってもらいたい、あとは言い訳と意地。



じゃ、ねえのかなあ・・・



本気で一人で生きていこうって奴はさ、もっと自己中で元気で

赤の他人に根本的な可否を問うたりはしねえ。



自由の翼を広げようってんだから、そんなモジモジ湿ったことは

言わねえって。



あなたに必要なのはさ、そういう自分のホンネを正視して、

口説いてもらうのが女の子なの!みてえなオトメチックな考えを

笑い飛ばすこっちゃねえかなと思うよ。



まあ、俺も猫大好きだし、猫死なれてどんな喪失感を感じるかは

自分のこととして判るさ。

死んで30年経ってんのに未だに忘れねえもん。



でもさ、哀しい、寂しい、俺はそういう自分の弱さはちゃんと

理解してる。



甘える時は甘えるよ。



あまり相手にはされないが、それでも女房子供はあしらいながらも

好きだから甘えてんなこいつ、ってとこは判ってるみたいだ。

そこは俺も正直に判り易くしてるつもりだからさ。



それはそれとして、自分の人生は自分だけのものだ、とも言える。



家族と愛し合っていても死ぬときに道ずれにするわけにゃいかん。



喜びや悲しみを分け合うことは勿論だが、それはそれとして。



自分の人生は、やはり自分がやるしかねえもんじゃん?



そしたら、寂しい、哀しい基調じゃ人生凹んじまう。



明るさ、好奇心、出会いと別れ、そういうポジな気持ちを

生成させる自分の中に、長期間、死ぬまで、無尽蔵に喜びや好奇心を

生み出し続ける「炉心」を持つんだよ。



喜びは与えてもらうものじゃなく、喜びを得たい気持ちが

「喜びと感じる」、一種の思考回路、感情処理プログラムだ。
ものごとは見方によって良くも悪くも感じられる。



だが、それを肉体的な欲求任せにしていたら年齢と共に

衰えるばっかりさ。



知識や好奇心は見方を自分でアレンジし、プログラム出来る

スキルでありパワーなんだと俺は思うぜ?
50過ぎてんだからいつまでも「女」としての人生じゃなくて

まだ恋も知らなかった、ただの元気いっぱいの子供の心をさ。



少しづつでも掘り返すんだ。年齢は言い訳にはならん。



あなたの目が輝きだしたら、心の中に夏の空と入道雲も

湧き上がってくる。
あなたの目が輝きだしたら、心の中に夏の空と入道雲も

湧き上がってくる。



ションボリしてねえで、子供のワクワクを思い出せ。



これからどんな世界が私を待ってるんだろう?という

キラキラを思い出せ。心を若返らせるんだ。



その先に、たとえ老人になっても幸せに生きていける

答えがあるよ。



元気、だしな。



笑ってさ、空見上げてさ、頑張れ、頑張れ!

・・・。

ベストアンサーを決めたあとに気がついた回答。

私の中で一番、ベリーベストアンサーだった。

私は心からその方に感謝した。

今はシステムの都合でその方の過去の質回答を探すことはできなくなっているしリクエストもできない。

当時のこちらの回答者様のアイコンには見覚えがあった。

今はアイコンも表記名も変わっているけどあまりに心に響いて励まされたので保存していた。

うちを出ていく私に。

厳しいのかな、の先に愛ある励ましがあったのだった。

今、あれから2年。

状況は全く方向が変わってしまったけど。

落ち込んだらこれを読み返している。

別の方にベストアンサーをつけたけど。

笑ってさ、空見上げてさ、頑張れ、頑張れ!

そう。子供の頃のワクワクを思い出すんだ、って読む度に顔を上げる私がいる。

頑張れ!って言葉は重たい。軽々しくは私はつかえない。だけど。

これを読む度に

ありがとう!って思い出す。

あの日、見送ってくれた先輩は笑っていたけど。

なぜ止めなかったのか?無謀過ぎる、なぜ止めて説得しなかった?と悔やんだ、ってあとから聞いた。

だけどあの日の皆さんのエールで今、私は確かに生きている。

生かされている。

ありがとう。皆さん。

ゆー。

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