長い文章を書くこと

最近何にせよ短い。
それで事足りてしまう。
 もっと若い頃、それこそ毎日机に向かわなければならなかったあの頃、それはまぁ今思えば恥ずかしいことをあれやこれやと書き綴り、時に涙を流しなりなんかしていたと記憶している。
それこそ思春期ってやつね。
その時には書くことが必要だったんだと思う。
考えの整理、思いの吐露、そして再吸収。
 今はそんな必要がなくなったのかしら。集中力の低下、根気のなさ、機会の減少。うーん、片付けの仕方、掃除の仕方がわかるようになってきたんだろう。自分の心、考えとの付き合い方、メンテナンスの仕方、みたいな。 
 一昨日、その前の日かな、読んだ文章に触発されて、今これを書いているのだけど。
それはなんていうか、自分より少し年下の子達に宛てた手紙のようなものだったんだけど、重くのしかかるものを一瞬軽くしてくれるような、そんな温度の文章だったのね。私なんかよりずっとずっと若い子に宛てた文章なんだけど、私にもそんな頃があったから。ひとつ、ふたつ久しぶりな思い出の抽斗が開いて、切なかったり納得したりなんかして。
とにかく、いいなぁって、こんな風に人に届く言葉ってあるよねぇ、って、わぁっと粟立った。
ここに書いても誰も見ない。
でもいつかの私が読むかもしれない。
わー恥ずかしいなんて思いながら還暦の私が読んでることを想像しながら、今日はこれでおしまいにしようと思う。