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麻痺【まひ】

東洋医学臨床論で麻痺のところに入ったんですけど、
カラダの麻痺を分類すると
①単麻痺【たんまひ】→片手の麻痺
②片麻痺【かたまひ】→片手と同側の片足の麻痺
③対麻痺【ついまひ】→両足の麻痺
④四肢麻痺【ししまひ】→両手両足の麻痺
という名称で分類がされます。

今日はオンラインで授業を聴きながら、
スマホにメモを取りうう、
なんか、思い出しちゃいましてね。
もう13年も前になるんですけど、
39歳の時でした。
社長って役割についてすぐの頃で、
会社の将来とかを見据えた中で、
こんなんしよ!
こんなんやらなきゃ!って
やりたいことがありすぎてるのに、
そんなんもやりたい!
あんなんやったらチョーおもろい!
とかって感じで
仕事しか頭にない状態でゴリゴリに張り詰めて仕事してたんでしょうね。

例えるなら、
吉野家の牛丼食べながらガリガリ君とうまい棒とかを一緒に食ってて、
吉野家を出たらCoCo壱行こう!って決めてて、
吉野家でガリガリ君食いながら、
カレーのトッピングは豚しゃぶに、ほうれん草だな。
パリパリチキンもだし、
やっぱり手仕込みロースカツは外せない
ここにアサリってのでオリジナリティ丸出しなのもどうかなぁ??
あ、
したら食前にCoCo壱にワイン持ち込んじゃうなんてどうかしら?
ワインの前にはビールもだし。
あーー!ああーー!
持ち込みOKなら吉野家の牛皿をテイクアウトしてCoCo壱に持ち込んで、
「吉野家✖︎CoCo壱!俺のカレギュー」
って奇跡のコラボじゃん!
そこに丸五のとんかつを持ち込んじゃうとかって、
とんかつ2枚だけど、、、
どうよ!
どうなわけ??

って感じの社長です。
ま、バカです(^^)
気持ち悪いですよね。
あり得ません。
CoCo壱でワイン飲めません。
で、食い切れるわけありません。
とんかつも2枚です。
脳が麻痺してたのかもしれません。

そんなようなことをしていると、
頸椎【けいつい】が悲鳴をあげました。
(もうやめなよ。)
そんな感じだったんでしょうね。
悲鳴というよりは諭されたのでしょうね。
右手の小指が痺れるはじめました。
どうも感覚がおかしいなぁ。
そんなちょっとした症状からでした。
そのうち右腕が痺れるようになり痛みもありました。
そのうち左手にも痺れが出てきて、
右手の方はふと掴んだ湯呑みを落としちゃうようなことがありました。
次には足です。。
どうも力が入らない感覚になりました。
階段を降りるのが怖かったことをよく覚えてます。
自分の体重が支えられなくなってきてた。
危険だなと思って登山用の杖を持つようになりました。
(カッコ悪いなぁ。。)
って感情を覚えてます。
でも、
(持たなきゃ危ないな。。)
ってことも理解してたことも覚えてます。
そんなこんなでも仕事に支障をきたすようなことはなかった気がします。
お客さんとの会食にも普通に行ってました。
その会食という場で
尿失禁【にょうしっきん】をしました。
いつものように尿意を覚えてトイレに立ち、
入れると思ったトイレは誰かが使っている。
それを待つたったの数分。
たったの数分を我慢することができずに出してしまいました。
そのあとどうしたのか、
ほぼ、覚えていません。
(やっちまった。。)
という情けなさに、
(だって、、)
という言い訳とか
(どうしよう??)
という不安だとか、
きっといろんなのが折り重なってパニックだったんでしょうね。。
それからは大人用のオムツをするようになりました。
自分自身で排尿排便の調節が上手くできなくなることを
膀胱直腸障害【ぼうこうちょくちょうしょうがい】と言います。
ここでやっと、
お医者さんも、
ワタシも
「手術しましょう。」
ということで一致しました。
麻痺がここまでに及ぶと仕事というより生活に支障をきたすところまで来てしまった。
リスクの高い手術ではあるけど、
やるという選択肢しか、、
ないよね。
というよりはリスクが高かろうがなんだろうが、
(早くやってくれ。)
ワタシの方はそんな感覚だったことを明確に覚えています。

約束1ヶ月後に退院をして、
首長族みたいな装具を数ヶ月つけて、
半年後にはフルマラソンを完走したんですよね。
もちろん医師の許可の範囲で練習したんですけど。
初のフルマラソンを完走した時に、
(泣けるかな?)
って思ったんですけどゴールの瞬間は
(なんで泣くのかな??)
って疑問に変わっちゃってたタチだったんですけど、
後にも先にもその時だけ
そのフルマラソンのゴール手前1キロ。
ゴリゴリに泣きました。

(帰ってこれた。)
そんな感覚でしたね。
まだ右足の親指の感覚が弱かった。
そんな時でもあったことを覚えています。

ワタシの体験は
麻痺が麻痺を呼んだんですよね。
麻痺してたんです。
働き方が麻痺してた。
普通じゃなかった。
普通であることに自信がなかったのだろうとも思えます。
異常でなければ社内を率いれない。
ライバルに勝てない。
勝ちたい。
でも、
その異常は誰かに覚られてはならない。
あたかも普通のように異常にやらなければならないのだ。
なんてことを当時に
明確に考えてたわけじゃないんですけど、
振り返ってみればですね、
そうだったんかなぁ?
って。


そーーんな、
こーーんな、
あーーんなことを思い出してたりしてたらですよ、
今日の授業はなんだったっけ?
って感じで完全に
麻痺(^^)

麻痺を学ぶ授業がワタシの麻痺体験を呼んじゃって、
授業を聴く姿勢が麻痺してたら、
新たな知識の麻痺が生まれちゃう。。
普通に授業を受けなきゃいけない。
異常な思い出体験とかは授業中なんかに振り返らないで、
夕方から、
花山椒のバッチリ効いた麻婆豆腐に紹興酒なんかで、
舌とか脳とをじっくり痺れさせながら、
よく噛んで噛み締めて
美味しくいただくようにいたします。

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