2020年7月 松本 恵

松本恵

演劇の表と裏、両面の「要」を担う言動一致の人
松本 恵 F‘s Company(長崎県長崎市)


 演劇作品を世に送り出すまでには膨大な仕事があり、各種専門家もいるが、小さな劇集団では俳優や劇作・演出家が職域以外も兼務することが多い。中でも最も広域かつ重要な仕事を担うのが制作部門。創作から上演まで全体の流れを把握・調整しながら、劇団の内外を繋ぎ、観客を心地よく迎え、送り出すため心を砕く。経理や書類作成も担当する場合が多く、間違いなく劇団にとっての女将や番頭と呼ぶべき「要」の存在なのだ。
 松本恵はF‘s Companyのベテラン俳優であると同時に「要」の制作、さらには衣裳、時々照明も手掛けるというスゴ腕メンバー。だが筆者にとっては柔らかな空気と笑顔で迎え、長崎までの移動疲れを一瞬で吹き飛ばしてくれる有難い人だ。ただ時々目がキラリと鋭く光る時はあるな、うん。
「劇団に入る時、代表・福田修志から“役者では使わないかも知れない”と言われているんです、私(笑)。だから、できる・できないではなく、やれることは何でもやらないと、と心がけているだけですね」
 劇団は2018年7月に、長崎駅からほど近い五島町にそれまでの倍以上の広さを持つアトリエPentAをオープン。県内外の劇集団を招聘したり、親子での鑑賞など広く市民に演劇体験をしてもらう活動のための体制を整え、新しく歩み出して1年半余りでこのウイルス禍に見舞われてしまった。
「親子で楽しむ『観る童話』や複数の演出家が同じテーマで短編を創作上演する『まちなか演劇マルシェ』などシリーズも少しずつ認知していただき、PentAがセレクトする県内外の作品を鑑賞していただく企画『ペンタの日』も始めようとした今年。春には子どもたちを対象に“F’sのユースをつくろう!”と話していたんです。でも、感染症の拡大で全てが止まってしまいました。夏に準備していた子供向けの公演も、延期が数日前に決まり、PentAでの演劇活動再開は早くて9、10月頃。でもマイナスの部分だけ見ずに、それだけ十全に準備できるんだと思うようにしています」
 世間一般のことだけでなく松本自身も年頭に、長く演劇活動を応援してくれていた父を亡くすという大きな喪失を経験している。
「本当に大好きな父で、よく公演も観に来てくれていました。そんな父の49日前に、客演させていただく佐世保の劇団HIT!STAGEさんの本番が始まったのですが、稽古場での気合入れのたびに照明がチカチカしたり、演出兼共演者の池田美樹さんが、誰もいないのに不意に腕をつかまれるというような不思議なことが何度かあって。思わず“すみません、ウチの父が娘をよろしくと言いに来たんだと思います”と、言ってしまいました」
 つらいであろう話も、聞き手を慮った語り口で伝えてくれる。自然でいて万全の気配りは、習って身に着けたものではなく生まれ持ったものが基盤にあるのだろう。そんな「誰か(相手)を想う力」の確かさが、舞台の上と下の変わりなく、松本恵の佇まいを美しくしているのだ。
 そんな彼女に、企画書からの「質問」について振ると「これ、問いの内容が大っき過ぎじゃないですか? もう、いくら考えてもちゃんとした答えがみつからなくて……」と困った声が電話口から漏れて来た。しばしの沈黙。そして思い切ったように、再び語り出した最初の一言は「バランス」という単語だった。
「作品の内容ごとに“今回は身体を使う”など、具体的に大切なものは言うまでもなく異なりますよね。でも、特に地域で演劇に携わっている私が一番気になるのは、自分という個体よりも劇団という大枠で演劇作品をつくっている、という事実なんです。作品を納得いくまでつくり上げる過程が、円滑に進むためにはどうしたらいいかを考え、そのための色々な担当のバランスを見る。質問の、“俳優としての”という部分からは離れてしまうかも知れませんが、そんな芝居づくりの全体を見ることを私は大切にしたい。そのうえで、永山さんの演出を受けた際に教えていただいた“(作品を、役を)生きる”ということを、俳優として演じる時には大事にしたいと思っているのですが」
 言動一致。松本恵は自分の信じるところを、演劇の表と裏の両面で、きちんと丁寧に体現しているのだと思う。
「こんな錚々たる方たちの中で私に話せることなんかないし、“無理無理、ムリです!”と最初に永山さんには言ったんです」と、話の終わりでもまだ
往生際悪く謙遜し続けている彼女の、その可笑しくなるほど真面目な素振りは、この困難な状況の先に、再始動する小さな劇場と劇団の未来を明るく照らしているようだ。

取材日:2020年7月2日(木)/大堀久美子

Profile
MATSUMOTO Megumi●1976年、長崎県出身。俳優に加え、制作と衣裳も手掛ける。1997年に長崎の劇団F's Companyに所属し、以来ほとんどの作品に出演している。制作的観点から、地域と協同する企画を立案し、演劇が身近に感じられる環境作りにも励んでいる。また声優学校の講師や演劇ワークショップのアシスタントを務めるなど、次世代の表現力育成にも力を注いでいる。趣味はベリーダンス。最近は体を使う表現にも興味を持ち、活動している。

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(撮影:西岡真一)
写真:F's Company『桜の森の満開の下』
   (作/坂口安吾 演出/福田修志)
   四天王寺スクエア(M-PAD2017)

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