2020年6月 木内里美

木内里美

演劇を通して
たくさんのお客様に「笑い」を届けたい。
木内里美 The ちゃぶ台(熊本県大津町)

「外出が難しい期間中は、結構過去をあれこれ振り返ったりもしたんです。東京で所属していた、かもねぎショットの代表・高見亮子から本を紹介するバトンリレーが回って来て。“コレは断れん”と、Facebookに投稿なんてしたこともなかったのに必死に送って(笑)。その時に高見と話したことで、回顧的な感覚になっていろいろ思い出したんでしょうね」
 取材開始から10数分、木内里美との会話の中で表情が自然にほころんでいる自分に気づく。電話越しとはいえインタビューであり、お相手にはあまり伝わらないようにと思うものの、それなりに緊張はするのだ。だが木内の声の明るさや口調の飾らなさに、親しいご近所さんと話しているような気持ちにさせてもらっていたのだと思う。一方で、彼女の演劇遍歴はといえば、これが「武者修行か!」というような猛者級のもの。
「法政大学在学中、当時は学生運動の余波で思想的に危険だと、演劇サークルは潰されてなかったんです。でも仲間3人と大学構内の学館をなんとか借りて演劇を始めたところ、テレビで白石加代子さんを見て“スゴイ! この人とご一緒したい‼”と、鈴木忠志さん率いるSCOTの門を叩いた。身体訓練など初めてでしたから、まぁ劣等生で、悪い見本でいつも名前を挙げられる始末。何せ“最後の封建制”が残る劇団ですから(笑)、厳しさは折り紙付きでした。でも、(鈴木)忠さんの演出に鍛えられたことが、今の私の基盤になっていると今もつくづく思う。良い出会いでした」
 SCOTに続き、先に退団していた多田慶子が立ち上げた演劇企画集団かもねぎショットに高見とともに参加。出産後は移り住んだ宮崎から、通いで公演を続けた時期もあるという。
「そんな生活が続くうちに子どもが体調を崩すようなこともあり、無理はできないと思い始めたんです。地域で身近な方々に向けた表現をしていくことも良いのでは、と。幸い宮崎には、この企画の立案者でもある永山智行さんたち演劇に真摯に取り組む方が何人もいらして、早々に知り合いになれたのも大きかった。九州で最初に住んだのは宮崎で、そこで演劇を続ける道筋が見えたのは本当に幸せで、第二の故郷と思っています。演劇や表現することは私にとって食事のようなもの。離れていると空腹と栄養不足でストレスが溜まってしまうんです(笑)」
 客演や公立劇場プロデュース企画、子育てが一段落した最近では東京までオーディションを受けに行き、新たな創作現場に触れる機会を作ることも忘れない。
「海外も含むSCOTでのスケールの大きな舞台の創作から、かもねぎのお客様がグッと近くなった“身近な演劇”づくりに参加したことで、私の演劇に対する志向も変わっていったのでしょう。今は客席からの反応が肌で感じられるような空間・作品にこだわり、さらには観る方に笑っていただけることが何よりの喜びです」
 そんな木内がライフワークとして各地で上演を続けているのが、事故で死んでしまった40歳の夕子の幽霊と出会った、84歳のトメおばあちゃんが活躍する自作・自演の二人芝居『やまとなでしこ』だ。
「『やまとなでしこ』は、誰もが日々過ごしている日常を切り取った芝居。食べるシーンがベースになっていて、納豆の混ぜ方にこだわったり、上演先の地元の銘柄米や名物・名勝の名前を台詞に入れ込んだりして、“そうそう、あるある!”とお客様に近しくリアルに感じてもらえたらいいなと思ってつくったので、お客様にいただく反応にいつも力をいただいています」
 そんな、観客に寄り添った演劇を標榜する木内にとっての「俳優として演劇をつくる際に大切にいること」とは?
「大きな問いですよね……でも、やっぱり私にとっては『笑い』かな、すごく単純な答えになってしまいますが。お客様の笑い顔が見たくて、笑う声が聴きたくていろんな場所にお芝居しに出かけて行く。結果的に、私自身も元気をいただいていますから。昔、この作品をつくったばかりの頃は腰を曲げる姿勢も辛くなかったんですが、本当に年を取って来た最近は“年寄りのフリ”のほうがキツくて(笑)。とはいえ楽しみにして下さるお客様がいる限り、もっとあちこちに芝居を届けたいと思っているんですが」
 演劇修行の最高峰から観客のすぐ隣りまで、木内里美の表現の旅はたくさんの出会いと共に、まだまだこれからも続いていく。“笑いの配達人”が芝居と共に運ぶ笑顔はさらなる笑顔を呼び、息苦しさに覆われた今のこの世の中に、小さなを風穴をたくさん開けてくれるに違いない。

取材日:2020年6月30日(火)/大堀久美子

Profile
KINAI Satomi●山形県生まれ。熊本県大津町在住。1982年、早稲田小劇場(現・劇団SCOT)入団。世界各地の演劇祭に参加。89年、演劇企画集団かもねぎショットを女性3人で始動。演劇とダンスの枠を超えた先駆的な作品で好評を得る。2004年に拠点を熊本県に移しThe ちゃぶ台を主宰。熊本リージョナルシアターで自作・自演の『やまとなでしこ』を制作し、熊本県立劇場企画のアウトリーチ公演や、震災復興支援公演として宮城・福島でも公演している。朗読会やワークショップにも精力的に取り組み、地域に密着した演劇の魅力を伝える活動を継続中。

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写真:劇団go to『愛の讃歌』(作・演出/後藤香)
   三股町立文化会館・ほか(2018~)

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