2020年7月 広田ゆうみ

広田ゆうみ

(撮影:西岡真一)

「小さなもうひとつの場所」への通路になる。
広田ゆうみ このしたやみ 広田ゆうみ+二口大学
(京都府京都市)


「中学生の頃、別役実さんの童話を読んだのがすべての始まり。当時は言語化できませんでしたが、“ここには世界の成り立ちが書かれている。私はこういう物語を探していた!”と叫びたくなるような感覚だったのだと思います。どの物語も淋しくてヘンテコで面白くて、そしてとても美しい。あの頃の私は世界とあまり仲良くできず、日々淋しくて恐ろしいと感じながら過ごしていた。別役さんの文章はそんな私に、悟りも諦めもせずこの世界に身を置き続けるための“身構え”を教えてくれたんです。それからの私は“別役さんの作品世界に身を置きたい、言葉を発したい”と思うようになりました。その後、戯曲も読み始めたのですが中学・高校の演劇部では演じる機会がなく、実際に自分で別役さんの戯曲を上演し出したのは20代半ばくらいです」
 別役実は、上演されない年がないほど世界中で愛され・重要視されている劇作家であり小説家だ。そんな作家と人格形成期に出会い、生きる術を学んだという広田ゆうみは、別役作品の演出・上演を自身の演劇活動の主軸に置くほど彼の人に心酔し続けている。その別役は惜しくも今年3月に亡くなったが、広田は、日本に不条理劇を確立した故人を「今は“世界の理屈”や“他人の理屈”に、私たち個人が強制的に動かされる不条理が蔓延している。別役さんがご存命ならば、今の世界と人を見て何を書かれたのか。それを読みたかったと、切に思います」と悼む。
 別役は童話や戯曲だけでなく、時代を映すエッセイなども数多く書いている。それらの言葉は広田にとって「折に触れ、読み返すたびに発見があり、生きる指針になることがたくさんある」ものだと言い、そんな作家と人生初期に出会えたことには、羨ましいとしか言いようがない。
「戯曲は公演のたびに上演許可を申請していますが、2008年に始めた童話の朗読に関しては、12年に別役さんから“あなたの使用を全面的に認可します”というお便りをいただきました。連絡が頻繁過ぎて、対応が面倒になられたのかも知れません(笑)。関西に講演にいらした時に少しお話ししたことはありますが、上演を観ていただいたことはないんです。いや、もう観ていただくなんてとんでもない! まさか、無理でしょう、卒倒しちゃいます‼」と、よく分からない自問自答が会話に挟まり、大の大人に失礼とは思いつつも、ひどく可愛らしいと思ってしまった。
 そんな広田の感染症禍での演劇活動再開は、三重県の津あけぼの座で広田+二口企画のレパートリーで別役作の『眠っちゃいけない子守歌』を上演した6月後半と、比較的に早かった。
「あけぼの座の再開第一作でしたので、開演前の客席から既に熱気が伝わって来るんです。三重のお客様は演劇にアツい愛情深い方が多いので、良い上演にしていただけました。また終演後の拍手が、これまでに聞いたことがないほど分厚かったことも嬉しかった。国内各地、海外へも公演に行きますが、土地それぞれの空気や景色、美味しいもの、そして人との出会いを、いつの頃からか楽しんでも良いかなと思えるようになりました」
 舞台上の彼女は作品や役の別なく言葉も佇まいも端整で、戯曲を尊重するがゆえに、その怜悧で完璧な体現者たらんとしているように見える。だが話すほどに別役作品を筆頭にした演劇への愛情、そこに関わる人々へのあたたかな眼差しやチャーミングな応答という別の顔が見え、嬉しくなる。そんな広田の「演劇作品をつくるうえで大事にしていること」は……。
「ずっと考えていたのですが……別役さんの童話に“小さなものが全世界に拮抗する『小さなもうひとつの場所』”という描写がありまして。それを読んだ時、“そういう『場所』があるから人は生きていけるんだ”と思ったんです。私が大切にしているのは、その“『場所』に立つこと”と、そこに立つことで観る人に“場所をつくること”でしょうか。もう少し俳優寄りの言い方をすると、“もう一つの場所・世界への通路、よそから吹いてくる風になること”になるかも知れません。
 舞台に立つ時はいつも、私ではなく、別役さんや他の作家の方が書いた言葉が描き出す作品を、劇世界をこそ観て欲しいと思うのです。むしろ、私をそのように立たせる劇世界こそが、お客様にお見せしたいもの。作品が映す現実と、作品の中に生まれる“もう一つの世界”が、私を含むそれを観た・知った人たちを、この過酷な世界で生き延びさせてくれる。そう信じて、私は演劇をつくり続けているのだと思います」

 この度し難い「世界」に対峙し・生き延びるため、人間は創造や表現を行う。そんな、人という生き物の良き本質に目を向けさせてくれる広田ゆうみの思索と哲学に、演劇という楽しみを介して触れられる。それは、我々同時代の観客にとっての幸せだとつくづく思う。

取材日:2020年7月2日(木)/大堀久美子

Profile
HIROTA Yuumi●1970年、福岡県出身、京都府在住。俳優、朗読家。〈このしたやみ〉にて国内外で公演を行うほか、〈広田ゆうみ+二口大学〉にて別役実作品に取り組む。また朗読家として合唱や舞踊、能楽など他分野との共演も多数。ワークショップデザイナー(大阪大学第一期)。

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写真:広田ゆうみ+二口大学『クランボンは笑った』
   (作/別役実 演出/広田ゆうみ)
   人間座スタジオ(2019)

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