2020年6月 阪本麻紀

阪本麻紀

(撮影:松原 豊)

堅牢な層を成す葛藤、苦悩、決断、決別を基盤に
阪本麻紀 烏丸ストロークロック(京都府京都市)

 ほぼ「はじめまして」の方から格別のおつきあいまで、今シリーズに協力いただいた俳優陣との距離感は、それぞれに異なる。その中にあって阪本麻紀は作品を観た数も、取材やそれ以外で言葉を交わした時間もかなり長く多い。と思っていたのだが、いざ話し出すとザクザクと初耳エピソードが飛び出して来て驚かされた。
 幼い頃にピアノを習い始めて音楽で身を立てようと思っていた頃のこと、中学時代に知った演じることの楽しさと演劇部入部までの葛藤、大学の卒業制作が演劇ではなくダンス作品だったこと、進路に悩んで一般企業も複数受けた就職活動……etc。
「ピアノは小学校一年くらいから始め、結構熱心に習っていました。ただ卒業式や文化祭などでの皆が歌うための伴奏は楽しかったけれど、一人でコツコツ練習するのが苦手で」と意外なことを言い、「中学では生徒会役員になり、文化祭で『サザエさん』のオープニングテーマのパロディをやったんです。それが人前で初めて演技らしいことをした経験で、お日様役として、真っ黄色に顔を塗って段ボール製の太陽に顔はめで登場したらえらくウケて。みんなで創る・演じる楽しさに目覚めた瞬間でした」と続ける。
「音大を目指すなら、高校では部活などやる暇もなくレッスンせなあかんし、親も“もっと練習できるよう部屋を防音にするか”とまで言ってくれた。有難いけれど、お金もかかるしすごくプレッシャーになって。そんな時に文化祭で演劇部の、暗幕で仕切っただけのギュウ詰めの教室で、女の子二人の芝居を観てその熱気や躍動感、肌に直接伝わって来るものに衝撃を受けたんです。で、ピアノの孤独から逃げるように、レッスンを受けていた先生には内緒で演劇部に入部しました。なのに私が入った途端、二人しかいない先輩が退部してしまった。最初の芝居の相手を友達に頼み込むところから始めるという、考えてみると過酷な出発点でした(笑)。それでも結局は、演劇にハマってしまうのですが」
 「過酷」は、以降も阪本の履歴のそこここに現れる。それは岐路に立つたび頭と心をひどく悩ませつつ道を求め、決断と決別を断行する彼女の生真面目さと頑固さが呼び込むものなのだろう。繰り返す葛藤、苦悩、決断、決別は堅牢な層となり、彼女の基盤を成しているようにも思える。
「確かに悩んでばかりです、私。“演劇やめようか”と思うことは都度都度ありましたし、かと思えば大学卒業後数年は自分で作・演出をしたくて『深夜(ふかよる)』というユニットを作り、活動したこともある。でも自分の考えや想いを言葉にし、俳優さんに上手く伝えられなくて“まずは自分でできるようになろう!”と、大学時代から作品が好きで手伝っていた烏丸ストロークロック(柳沼昭徳 代表)に参加させてもらったんです。在籍して17年になりますが、劇団でも何度解散の相談をしたかわかりません(苦笑)」
 真摯さゆえに正面から物事にぶち当たり、必要以上に痛い目を見る。本人も「もっとテキトーに何でもできたらいいのに。困ったもんですよね」と言うが、その愚直なひたむきさが多くの人から信頼を集め、俳優・阪本麻紀の存在を比類なく確かなものにしているのだ。
「就活中、演劇の経歴しかない履歴書を見た一般企業の面接官から“何故演劇をやめて就職するの?”と訊かれたんです。やめるつもりのなかった私は言葉に詰まり、数秒で“嘘をついたまま就職し、芝居が続けられるか?”を考えた結果、謝って、自分から面接を棄権しました。そういう咄嗟の場面で全く融通が利かなくて、自分で自分に呆れます。だから、演劇があって良かったとつくづく思う。演劇がなかったら私は、社会に揉まれつつ嘘をつき、それに耐えて生きていけたか危ういところ。芝居をする時も同様で、作家の書いた役や台詞を表現するのは“嘘”ですが、その中で“嘘じゃないところ”を突き詰めるのが面白いと私は思う。演技を“嘘をつくこと”と定義する人もいると思いますが、“嘘をつく”ためには本質をつかまないと演技として成立しませんよね? だから、その虚実の狭間の状態を、舞台上で創ることができる俳優さんを見るのが好きなんです」
 そう語る彼女に、「それが、阪本さんの“俳優として演劇作品づくりで一番大事にしていること”なのでは?」と訊くと、我に返ったように「あ、そうかも」と呟いた。
 真面目で不器用、頑固で無心。悉く時代と逆行する資質に富む彼女は、あちこちにぶつかっては傷を負いながらも、本当に大切なものをしっかりと握り締めて離さず、黙々と歩み続ける。その「優しい孤高」が強い求心力を放ち、観る人をつかんで離さないのだ。

取材日:2020年6月21日(日)/大堀久美子

Profile
SAKAMOTO Maki●1978年、和歌山県出身。俳優。近畿大学にて演劇を専攻し、2003年より京都の劇団「烏丸ストロークロック」のメンバーとなる。近年では俳優活動と共に、小中高生を対象にした表現教育の指導にも携わる。「表現あそび教室」を不定期で開講。第19回関西現代演劇俳優賞受賞。

画像2

(撮影:東 直子)
写真:烏丸ストロークロック×庭ヶ月 共同連作
   『凪の砦』総収編(作・演出/柳沼昭徳)
   アトリエ劇研・ほか(2017)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?