2020年5月 貴島 豪

貴島豪

(撮影:加藤孝)

「舞台上で生きる」ことに集中するため準備する
貴島 豪
SPAC 静岡県舞台芸術センター(静岡県静岡市)


 毎年GW時期に、貴島豪の所属するSPAC 静岡県舞台芸術センターは、静岡芸術劇場や舞台芸術公園、駿府城公園なども会場にする「ふじのくに⇄せかい演劇祭」を主催している。だが今年は新型コロナウイルスの拡大を受けて実施を断念。映像やトークの配信メインのプログラムに急遽全面改訂した「くものうえ⇅せかい演劇祭2020」を敢行。芸術監督・宮城聰の決断&企画力と、それを支えるSPACメンバーの機動力には感服した。
「全てが手探り、怒涛のような日々でした。僕はリモート演劇に参加したんですが、やれ動画だZOOM会議だと未経験のことが毎日のように押し寄せて来る。自宅からの配信では、ご近所への配慮で大声になり過ぎないよう注意したり(笑)、目の前にいない観客のための表現を介して身体や表現を見つめ直すなどの発見もありました。配信上演などは今も続々増えていますが、ただ表現したいからという気持ちだけでは難しく、そこに確固とした意志と技術がなければ成立しないと痛感した次第です」
 現在は劇団のみならず国内外の舞台で圧倒的な存在感を発揮する貴島の、演劇人としての出発点は大学時代、80年代後半だ。
「まさに小劇場ブーム真っただ中の頃です。上京は大学進学のためですが、演劇か映画、音楽のどれかをやりたいと意気込んでいて、最初に面白そうと思ってしまったのが演劇だったという。単純に一旗揚げようと思っていたのが、振り返ってみるとオソロしい(笑)。最初のサークルからしてオリジナルの、アングラっぽい芝居をする集団だったんですが、その後、鈴木忠志さんが演劇部門の芸術監督に就任した水戸芸術館ACMの専属俳優になったことが僕の、俳優としての道を決定づけたのだと思います。SPACまで17、8年ご一緒させていただいたのですが、鈴木さんからは演劇、いや観客や世間に対する『姿勢』を学ばせてもらいました」
 その「姿勢」が具体的にどんなものか尋ねると、「永山さんからの質問、“俳優として大事にしていること”に繋がるのですが」と語り出した。
「ざっくりと簡単な言葉で言えば『準備』なんです。それは台本を覚えるなど具体的な作業ではなく、舞台のその場に立つための、遡って稽古段階から作品の中で立っているための準備を常にしておく。しかもこの段階から観客の存在は想定されていて、それらによって構築された劇空間の全てを受け止められる身体と精神でいなければならない。心身が虚ろな状態で稽古に臨もうものなら、一発で鈴木さんにばれてしまうんです。居る、立つ、歩く、呼吸する。単純なことですが基本となるこれらができていないと、鈴木さんの求めに応えられない。それら準備ができて初めて、舞台上で生きることに集中できるということを叩き込まれた、そのことが僕の基盤であり、大事にしていることです」
さらに「とはいえ、その『準備』が揃った、と思えることはなかなかなくて(苦笑)。たとえその時“揃った”と思っていても、本番時や終演後、ひいては再演や年齢を重ねて“ああ、足りてなかったんだな”と気づく。結局、できるだけ理想に近づけよう、近づけているか? と“疑いを持って”自問しながらやり続けるしかない。そこが深いところですね。昨年亡くなられたフランスの演出家クロード・レジさんも言われていましたが、“自分が見えないところへと深く入っていくのが(創作の)楽しさだ”と。そう、鈴木さんに加え、レジさんとの創作やそこでの学びも僕にとって大きなものでした」と続けた。
 貴島の言う「準備」は練習や訓練を超えた、武道における研鑽や修行のようなものに思えた。俳優として舞台の、作品の中に「在る」ことの純度を極限まで高め、それを受け取る観客をも巻き込んで劇場全体を一個の作品へと昇華する媒介となる。そんな表現者としての高みを常に意識していることが、舞台での貴島の、集中度の高い居様の根幹にあるのだ。
「舞台は一回ごとに変化するし、出来不出来があるのは仕方ない。だからこそ舞台上では、俳優同士や観客との交感を瞬間瞬間ちゃんと受け止め、動き、存在する“根拠のある身体”であるべきで、そのためのスキルは日々上書きしないと俳優として錆びてしまう。この果てしなさ、つらさに我に返ると途方に暮れるし、俳優生活は僕にとって決して“楽しいもの”ではないけれど、愛憎半ばする演劇との腐れ縁を断つことは当面できそうもありません」
 と、苦笑交じりの声が聞こえたが、それを鵜呑みにして良いものか。貴島の艶めく舞台姿が筆者には、観客からは想像もできない俳優としての愉楽を身中味わっているようにしか見えないのだ。疑惑の答えは次の舞台までお預け、とするしかないのだが。

取材日:2020年5月30日(土)/大堀久美子

Profile
KIJIMA Tsuyoshi●1969年、宮崎県都城市出身。水戸芸術館ACM専属俳優を経て、1998年よりSPACに所属。鈴木忠志演出 SCOT『リア王』『ディオニュソス』、宮城聰演出 SPAC『真夏の夜の夢』『アンティゴネ』、平田オリザ作、金森穣演出 Noism『ラ・バヤデール~幻の国』などの他、オマール・ポラス、クロード・レジ、ダニエル・ジャンヌトーなど海外の演出家とも多数の創作を重ねている。

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(撮影:篠山紀信)
写真:Noism『ラ・バヤデール~幻の国』
   (脚本/平田オリザ 演出/金森穣)
   りゅーとぴあ新潟市民文化会館・ほか(2016)

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