2020年6月 齊藤頼陽

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鳥取に来たことで演劇が生業として認めてもらえた
齊藤頼陽 鳥の劇場(鳥取県鳥取市)


 立て板に水、とはこういうことか。
 国内各地の地域演劇を牽引する俳優にインタビューするこの企画では、現状に加えて過去に遡っての出会い、意志や決断の話を訊く時間が多い。しかも齊藤頼陽とは言葉を交わすこと自体初めて。緊張はむしろ取材者が勝っていた気がするが、こちらの最初の問いに答え、演劇を始めた大学時代から後に「鳥の劇場」芸術監督となる中島諒人との出会い、東京から鳥取に拠点を移すまでを淀みなく一気に話すマシンガントークに引き込まれ、気づけば己が構えは霧散していた。10分超の「語り」はトピック満載だったが、中でも強く残ったのは移住の決め手となった体験について。
「中島が先に故郷の鳥取に拠点を移し、僕ら劇団員はしばらく東京と往復しながら創作・上演を続けていた。でも2006年、鳥の劇場設立の年に9~12月まで4か月連続上演の企画があり、いよいよ東京に家がある意味がわからなくなってきたんですよ。当時、東京で公演を観に来るのは自分がチケットを売った顔見知りばかりで、しかも僕の友人には芝居を続けることに否定的な人間が多くて(苦笑)。一方の鳥取では、演劇初体験の方を含む地域の住民が“意味はわからなかったけれど、真剣なのは伝わって来た”などと終演後、フラットに声をかけ感想をくれる。その時“この人たちは演劇が僕らの生業で、プロとして取り組んでいることを認めてくれる。自分たちの活動が社会に組み込まれた”と思え、そのことが移住を決意させてくれた。その頃には“給料はなんとかする”と中島も言いましたし(笑)」
 その後、鳥の劇場は鳥取市鹿野町の廃校をリノベーションして劇場やアトリエを造り、毎年秋に国内外のアーティストが集まる国際演劇祭の開催や障がいのある方々との演劇活動、地域の公立校にカリキュラム作りから参画し劇団員やアーティストを派遣して授業を行うなど、幅広く深く地域に根差した画期的な活動を展開していく。
「このウイルス禍にあって、ドイツのメルケル首相が“今こそ芸術が必要だ”という主旨の発言をしましたよね? あれを聞いて僕は“確かに芸術は必要だけれど、芸術家は必要ない”と思った。それは僕が自分の活動や存在に確たる自信が持てないからで、芸術家はきっかけを作るけれど芸術そのものはなくなるものではないから、芸術家はいくらでも代わりの利く存在だと思ってしまう。だから常に“自分は芸術家として機能しているのか、劇団の活動は地域と人に求められていることか”を自問し、それが行動や創作を展開する原動力になっているところがあるんです。良い芝居だけやっていても落ち着けないので、学校や住民と交流できる場所に積極的に出ていく。その感覚が、鳥の劇場の活動に合致したのが幸いだったのでしょう」
 舞台に立つ齊藤の俳優ぶり、その日本人離れしたスケールと圧倒的な存在感はどの作品でも十全に発揮されている。内面に葛藤や懐疑が多くあるとは意外だが、それこそが活動に必要なバランサーなのかも知れない。
「副芸術監督になって、以前より色々なことを責任持って考えるようになったかな。つき合いが長く、中島に物怖じせず意見を言えるのが僕ぐらいしかいないから、というポジションな気もしますが(笑)。今、演劇をツールとした全方位的な活動を鳥の劇場はしていますが、それは中島が切り拓いてきたこと。僕はもう少し緩やかな、例えば皆んなでご飯を作って食べたり、ただ集まってお喋りしたりするような、『居場所』としての機能も鳥の劇場に持たせたい。遠くには、そんなことも考えたりしています」
 創造、運営、新たな展開。俳優と集団の舵取り、その両輪で鳥の劇場に向き合う齊藤の思考と行動は高速で回転し続けている。そんな彼に「俳優として演劇作品づくりで一番大事にしていること」を問うと、「ふと浮かんだのは“言葉を大切にする”ということですね」との答えが。
「急に技術的な話になりますが、戯曲の言葉は人工的なもので、付随するイメージも発する人と受け取る人の間で異なってしまうことが多い。両者の齟齬を少なくするため俳優は身振り手振りも使いますが、それ以前に個々の言葉の持つイメージや文章の構造などをしっかり理解し、できるだけ丁寧に扱う必要がある。演技の基本であり、生涯手放してはいけない部分ではないでしょうか。でもこの感覚も、鳥取に移住して作品を届ける相手の顔がはっきり見えたことから得たものなんですけれどね」
 大胆な演技と柔らかな発想、強い推進力と深く内省する思考。齊藤頼陽は己が内に相反するものを抱え、両者を往還しながら自分の現在地や進むべき方向を見極めるコンパスを持っている。その針が示す先には、多くの人と共有できる柔らかく開かれた「演劇」があるのではないだろうか。

取材日:2020年6月13日(土)/大堀久美子

Profile
SAITO Yoriaki●1974年、東京都出身。俳優、「鳥の劇場」副芸術監督。大学入学時より、学内サークルで演劇活動開始。2006年、「鳥の劇場」設立時より参加。俳優として劇場の、ほぼ全ての作品に出演しながら、演劇ワークショップの講師、地元の児童や高齢の方たちとつくる演劇の演出、ラジオ番組のパーソナリティーなど、地域に密着し幅広く活躍している。

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写真:鳥の劇場『剣を鍛える話』(作/魯迅 演出/中島諒人)
   鳥の劇場(2018)

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