2020年5月/11月 西藤将人

西藤将人

手放すことで身を軽くし、先へと手を伸ばす。
西藤将人 劇団ハタチ族(島根県雲南市)


 この取材以前に、西藤将人と直接の接点があったのは二度。最初は仙台の演劇祭のクロージングイベントの場で、次は京都に国内各地の民間小劇場の関係者が集まるミーティングだった。そこで交わした言葉から受けたもの、周囲の人々の語る彼の印象は「驚くべきエネルギーのある人」「アツい」「がむしゃら」など多々あるが、電話インタビューを通して筆者が強く感じたのは、西藤の「問題意識の高さ」だった。
「2011年に出身地の鳥取県米子市で演劇ユニットを立ち上げ、そこからさらに演劇を心置きなくやれる環境を求めて、13年に地域の劇場が舞台芸術を支援していた島根県雲南市に移り、ユニットを劇団化しました。東京に出ようとしたこともありますが、あの環境に暮らすこと自体僕には無理で(笑)、“もう帰らない”と言って出たのに数週間で戻ったなんてことも。
そのうち半端な上京志向より、ド田舎の島根にたくさんの人が演劇を観に来てくれるようにするほうが格好良いと思うようになって。だから良い作品・公演をするだけでなく、創作や表現のための環境を作り、関わる人を育てることがとても大切だと思っています」

 続けて、最近東京から近隣に移住して来た俳優のこと(重ねて筆者にも移住を勧めてくれた)、一度は島根を出た若手の表現者たちが帰郷する場を整えたいという想い、老害(!)にならぬため心がけていること、活動に弾みをつける好敵手の必要性などが矢継ぎ早に語られる。
「ハタチ族はゆくゆく、島根のお母さん方が“そんなに勉強しないならハタチ族に入れるよ!”と脅し文句に使い、子どもたちも“シェー、勉強します!!”と恐れるような集団になったら最高だと思っているんです。僕は、今の生きづらく声も上げにくい世の中には、そんな“どうしようもないヤツらの受け皿”が本当に必要だと思っていて。その場所の確保と、“アイツらはもうしょーがない”と逆に世間から認められる“しょーがないポジション”に上手いことなればいいな、と(笑)」
 話はどんどん広がり、この感染症禍での演劇人たちの動きや先達の振る舞いに感じること、アーティストのためにと動いているかのような公共機関の本音、配信など演劇の形を変える潮流について……etc。時には自嘲的に、時には憤りを込めた言葉は留まるところを知らず、「この国は演劇を必要としていないと思うんです」という発言も飛び出した。それでも、だ。それでもそんな失望や達観さえ足場にし、西藤は立ち上がり、歩き続ける人なのだと思う。

 と、この後に一度書き上げた原稿では、苦渋の末に6月末に中断を決めた「366日公演」(2015年に一度完遂した一年間毎日公演を打ち続ける企画。取材時は続行中)の現状や、西藤自身のシニカルな自己分析などを含めた文章があり、彼の担うものの重さと大切さを思う着地点となっていた。それを読んだ西藤から連絡があり、「今、真逆くらいに考えていることが変わってしまった」と告げられ、例外的に再度の取材を行うことになる。筆者の不徳ゆえ取材から半年が経ち、起きた齟齬をお詫びしたい。
「具体的な変化もあるのですが……あくまで僕の内面的な変化で言えば“諦めない”ことをやめた、というのが大きい気がします。366日公演のようなことをしていると、“アツい”“心が強い”などと言われることがあり、それは大元に“諦めない”行動や発想があったからかな、と。僕は自己評価が低い人間で(苦笑)、“諦めないこと”は自分のストロングポイントだと思っていた。でも不意に、それすら執着なのだと気づいたんです。周囲や環境、自分をも信じていないための執着だと。そう気づくと執着が発端のネガティブな感情、妬みや憤りも意味がなくなって色々なことが許せるし、“作品や活動にちゃんとした評価が欲しい”という、今まで私欲だと自分に禁じていた感情も“あってもいい”と思えるようになった。一言で言えば、楽になれたんです。この先、つくる作品も変わっていくと思います」
 手放すことで身を軽くし、先へと手を伸ばす新たな力を得る。はじめの取材時に、例え話で自身を“近づき過ぎると相手を焼く太陽”になぞらえ笑っていた西藤は今、吹く風の軽やかさで自分の行く先を眺めているのかも知れない。演劇、俳優、劇団代表といった名称すら関係ない所に立って。
「“しなければならない”ことに囚われるのをやめると、広がることがたくさんありますよね。んー、また伝わりにくいことを言ってスミマセン」と電話の向こうで破顔した、彼との次の邂逅に思いを馳せる。そこではきっと、西藤の新たな目が見晴るかす風景を覗かせてもらえるはずだ。

取材日:2020年5月26日(火)+11月8日(日)/大堀久美子

Profile
SAITO Masahito●1983年、鳥取県生まれ。島根県在住。劇団ハタチ族代表。俳優、脚本、演出を手掛ける。2015年に1年間毎日公演を行う「365日公演」達成。18年には全国47都道府県ワンマンツアー達成。20年元日から5年ぶりの「366日公演」をスタートするが、6月30日で一旦中断とする。コロナ禍のなか、電話で物語を届ける〝テレフォンシアター〟を継続中。
劇団は20年末を持って解散。

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写真:劇団ハタチ族『10万年トランク』( 作・演出/樋口ミユ)
   島根県民会館・ほか(2018〜現在)

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