まえがき


 立ち止まること。それが芸術の本質なのではないかと思ってきた。ふと足を止め、ふだんの時間の流れから外れ、そうして「いま」を眺める。
「時間の芯は、現代においては、現在より先へずれている。感覚的に言えば、なにかにせっつかれるようにして、いわば半歩先へ時間の芯を置いているのではないだろうか。」(太田省吾「現在の現在」)
 人間が一枚の絵の前に立ち止まり、音楽に耳を傾け、劇場の座席に身を沈めるのは、半歩先の時間の芯を現在に置きなおすための行為なのではないかと思ってきた。

 2020年。不意にその状況は訪れた。まるでよくできた不条理劇のようなその状況によって、世界中が立ち止まることを余儀なくされた。ことにわたしたちの関わる舞台芸術の分野では、人と人がその身体を通して深く関係を結び合うという本質ゆえに、稽古も、もちろん本番もできない状態が続き、もしかしたら「立ち止まる」ことに慣れていなかったのはわたしたちなのかもしれないとさえ思えてきた。
 けれども、立ち止まった「いま」だからこそあらためて見える景色がある。人類がその長い歴史の中で、これまで決して手離さなかった「演劇」という表現に多少なりとも関わってきたわたしたちは、それを知っているはずだ。
 まずは、話しを聞こう。その言葉に耳を傾けよう。何よりもまず、「人と人がその身体を通して深く関係を結び合う」ことの最前線にいる「俳優」という人たちに、その「現在地」のことを。
 そんな思いからこのインタビュー企画ははじまった。
 頼もしい伴走者がわたしにはいた。全国各地に暮らす俳優たちの作品を、その地に足を運び丹念に見続けてきた演劇ライターの大堀久美子である。おそらく日本に唯一と言っていいそのスタイルは、2020年現在の日本の演劇を、「東京」の視点ではなく、長い歴史の中でとらえるために、欠かさざる視点をもたらしてくれるだろう。

 ここにあるのは半歩先や一歩先の答えでも指針でもなく、それぞれの土地での「いま」の集積である。それがこれを読んだみなさんに何をもたらすかは、いまのところ何もわからない。けれどこの「いま」たちが、やがていつか、この国で暮らす人々の、豊かで愉快な「いま」という時間につながっていくことを願うばかりである。

永山智行(劇作家・演出家/劇団こふく劇場)

◎インタビューは、主に劇団に所属し、地域を拠点に継続的に創作活動をしている俳優たち20名に電話で行った。
◎質問は1問のみ。「俳優として、演劇作品づくりにおいて最も大事にしていることは何ですか。」
◎インタビューアー/大堀久美子(編集者・ライター)

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