2020年6月 はしぐちしん

はしぐちしん

台詞と身体・矛盾を抱えたままに演じる
はしぐちしん 
コンブリ団(京都府京都市&三重県津市)


 2020年3月末、はしぐちしんは「コンブリ団 with 三毛猫倶楽部」という新たなユニットでの公演を予定していた。はしぐちは劇作家と俳優として参加していたが、ウイルス感染拡大を鑑みて公演は12月へと延期に。今は名古屋在住のメンバーとリモートで本読みをするなど、少しずつ準備を進めているという。
「パソコン越しだと相手の声のボリュームによって距離感が狂ってしまい、どうにも気持ち悪い。コロナ禍で観劇にもろくに行けない今、以前より時間があるはずなのに、なぜだかいまだに戯曲が書き上がっていないんですよね(苦笑)。僕にとって観劇は生活の一部になっていて、食事とは違う糧のようなもの。もちろんなくても生きてはいけるけれど、糧を奪われたことがこの先の創作にどんな影響を与えるものか、不安でもあり興味深いとも思っています」
 はしぐちと演劇の出会いは大学入学と同時。巷は小劇場ブームで関西にもイキの良い劇団が多く、東京からやって来たアングラ劇団なども含め芝居を観まくったという。熱心な観客からつくる側へ回るのに時間はそうかからなかった。
「中でもテント芝居が大好きで。京大の西部講堂では『風の旅団』や『新宿梁山泊』など夢中になって観たうえ、スタッフとして潜り込んだり。当時、梁山泊の座付き作家だった鄭義信さんには、上演料免除で『千年の孤独』を学生劇団でやらせてもらったこともありました。アングラ芝居の戯曲は何気ない言葉まで美しく、奥底には詩情や叙情が織り込まれているものが多い。そこが僕にとっての魅力で、1990年に劇団『時空劇場』の旗揚げに参加したのも、劇作家・松田正隆さんの言葉に惚れ込んでというのが大きかった。松田さんがノートに走り書きした詩の断片のようなものを読んだだけで、ポロッと泣けて来たりするんです」
 「時空劇場」は松田の志向もあって、年齢に関係なく芝居を良くするための対話が風通しよくできる場で、「ツレが何人もいる状態で芝居を始められたのが良かったのだと思います」と振り返る。だが、その翌年にはバイクによる事故のため脊髄を損傷。車いす俳優として舞台復帰を果たしたのが僅か一年後という事実に、改めて驚かされる。
「当時の記憶は薄れてますが、事故で公演中の舞台に穴が開けたのは大きかった、あかんことでした。松田さんが代役で2公演埋めてくれたんですが、以来“明日の幕が無事に開くとは限らない。芝居や映画で目にしていた事柄が自分に降りかかることもある”という、ある種の自戒になっているかな。個人的な出来事ですが、事故以前の出会いと以後の出会いの両方に今も演劇を続けさせてもらっている。だから、運が良かったと思うことにしています。松田さんを筆頭に全国の岸田戯曲賞作家たちには、数え切れないほど車いすを持ち上げてもらってますしね(笑)」
 進学や就職とはまた違う、人生の岐路たる大事を受け入れ、歩み続ける。その間に葛藤や苦悩もあったはずだが、はしぐちの語り口は終始穏やかだ。その心地よい口調につられてか、世代の近さもあり、好きな作品や影響を受けた創り手などあれもこれもと話が転がり、さてどう舵を切るべきかと頭の隅で考えた時「永山さんの下さったお題なんですが」と、はしぐちのほうから助け舟を出された。
「演出をしている時、俳優によく“台詞と身体は別だよ”と言うんです。動作とリンクさせたほうが台詞は覚えやすいし、身体的にも整合性はあるけれど、リンクさせないほうが多分、お客さんに観やすい芝居になると僕は思う。感覚的なことなんですけれどね。人間はもっとバラバラで、思ってもみないことをしながら思いもよらないことを口走る。その姿が面白くも愛おしいし、そのほうがより自然な演技になるんじゃないか、と。そういう矛盾した状態を抱えたまま演じ、結果、お客様の想像力を刺激して前のめりに芝居を観てもらい、その片鱗を生活の中まで持ち帰ってもらう。それが、俳優として僕が大事にしていることでしょうか」
 劇作家・演出家・俳優と三つの顔を持つはしぐちは、それぞれの立ち場から別の仕事について検証し、フィードバックできる。三つの役割それぞれが目指すところを必要に応じて切り替えていく作業が、彼の客観性とバランス感覚を鍛え、絶対の信頼をもって観ていられる舞台上でのアノ存在感を醸成しているのだろう。軽いタイヤの摩擦音と共に現れ、耳なじみの良い声で台詞を舞台に刻む。そんな、俳優はしぐちしんの舞台姿に再会できる日が待ち遠しい。

取材日:2020年6月19日(金)/大堀久美子

Profile
HASHIGUCHI Shin●1967年、鳥取県米子市生まれ、広島県広島市育ち。俳優・劇作家・演出家。大学生時代に演劇を始め、松田正隆氏主宰の「時空劇場」旗揚げに参加。俳優として主な作品に出演をする。1991年にバイク事故で脊髄を損傷。以後、車いす俳優として活動し現在に至る。俳優として、第9回関西現代演劇俳優賞受賞。劇作家としては、『ムイカ』で第17回OMS戯曲賞大賞を受賞。コンブリ団HP

画像2

写真:コンブリ団その10 『ムイカ』再び 西へ東へ 
   (作・演出/はしぐちしん)
   駅前劇場・ほか (2018)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?