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【カフェ】その1
そのカフェは東京メトロH駅、地上に上がってすぐのマンションの片隅にあった。
外苑通りの喧騒をよそに、秘密の穴倉のようなカフェであった。
入口からは予想がつかないが店内はやや広い。
信号を渡った向かいには、大手のコーヒー店が並ぶ中、ひっそりと長年営まれている。
売りはオールドビーンズを使ったフレンチドリップの珈琲と自家製チーズケーキ。
珈琲の種類にはこだわりがありそうだ。
店の奥の方で30代くらいの富裕そうなご婦人方が2人、歓談している。
そのせいか、店内に流れるヴァイオリン協奏曲が薄く流れているように感じる。
どうやらこの店は常連で成り立っているようだ。
8脚あるカウンターの一番右端には、それらしき白髪混じりの男性が仕事の資料を読んでいる。
彼の右には壁があり、外国の街角を撮った写真が3枚段違いに飾られている。
彼が作業場としてカフェの中でもここを選んだ理由がすぐにわかった。
全てが間接照明で成り立っている店内で、手元をしっかり照らしてくれるのは、このカウンターのランプくらいのものである。
長いカウンターの向こうには、真ん中に赤銅色のレンジフードと、調理用のガス台。
確かめたらレンジフード自体はよくあるシルバーで、天井からの光で赤銅色に見えるようだ。
レンジフードの前に大きなガラスがレンジフードの角度と同じに作り付けられている。
ガラスの表面の下半分には格子の彫りがあり、ダクト付近には店名が刻まれていた。
レンジフードを軸に、シンメトリーで木の棚が作られている。
そこにはお行儀良く、マスターセレクトのコーヒーカップとソーサが並んでいる。
この店内の装飾の大きな特徴は、天井の造作である。
恐らく漆喰で象られている。
部屋左奥にはラピュタのロボット兵の胴体を思わせる大きな3重の飾りが陣取っている。
そこからは5本の太いチューブのようなものが5方向に伸びる。
胴体と形容した飾りの横には左右にガラスの照明があり、なんだか中世のお城の階段ようでもある。
この大きな飾りのそばはソファ席になっていて、右半分の頭上には灯とりの窓が2つある。
カウンターと反対の壁際にはヨーロッパスタイルの食器棚と物置台がある。
家具についているガラスや鏡のお陰で、部屋が暗くならずに済んでいるのかもしれない。
家具の前、つまり店の中央寄りには木製の大きめの食卓があり、ギリシャ式のガラスの壺には真っ赤な薔薇が7本挿されている。
そのまま天井に目を移せば、エミール・ガレのシェードが美しい。
ランプを吊るす太い金具は鈍く光を反射している。
今、電話が鳴った。
昔、どこの店にもあった硬貨をいれて話せるピンクの電話だ。
電話の音にビクンとなるくらい静かな店内。
昔からあるのに入らなかったお店。
いい所を見つけた。
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