見出し画像

恋とか

 彼は僕に向かって言った。

「根津ってかわいいよな。…………」

 唐突にして予想だにしない彼の言葉になんて返して良いのかわからなかった。

 …………

 …………なんて返そう。

「…………僕、野田の事が好きなんだけど」

 …………


    高2のクラス替え。始業式、座席は出席番号順。僕の後ろに君はいた。名前は野田(仮名)。後ろの席から「根津(仮名)〜」と絡んでくる。彼は僕をゲイだと気づかせてくれた人。人生のターニングポイント!(古語)

 なんで好きになったんだろうと考えてみると、一つはギャップ。彼はクラスの中でも不良枠。授業はサボるし先生達には反抗してるし屋上や空いてる部室で隠れてタバコ吸ったりと悪ぶってるんだけど、その割にはクラスのみんなには優しいし猫みたいに人懐っこかったりするのである。良いよね、ギャップ。もう一つは声。耳障りの良い甘ったるい声だった。ずっと聞いていたい、そんな声。そういえば、声に関しては今でも、自分の好きな声だったら外見はそんなに気にせず好きになりやすいかも。声だけで“キュン”ってなったりしませんか? 僕はなる!

 閑話休題。そんなこんなで彼を意識するようになりそれがやがて好きになったわけだけれど、当時は自分が男が好きだった事に驚いたし、とりあえず人にバレちゃ駄目だって考えてたので隠れゲイとして過ごした。そもそも不良系な彼と真面目系な僕なので付き合う友人も違うし、クラスメイトと言う接点以外はなかった。

 季節は巡り、高3の体育祭。彼は応援団の団長になって——そういえば不良って一致団結するの好きだよね。普段授業サボるくせに体育祭や合唱コンクールとかになるとなぜか張りきるの——接点を作ろうと僕も応援団に入った。接点、もう少しだけ。

 体育祭が無事終わり、応援団の打ち上げが夜の大きな公園で行われた。団員は50人くらいいたのかもしれない。彼は楽しそうに飲んでいた。しばらくして、トイレに行き、戻る道すがら声をかけられた。声がするほうを向くと彼がベンチに座っていた。ベンチの横の街灯が彼を照らす。周りには誰もいなく彼と僕だけ。僕は近づいた。彼は酔ってる風だった。彼は僕に向かって言った。

「根津ってかわいいよな。根津が女だったら付き合っていたかも(笑)」

 唐突にして予想だにしない彼の言葉になんて返して良いのかわからなかった。言葉で返すことができずに、とりあえず笑ってごまかしその場を離れてしまった。今にして思えばもったいない事をした。もしかしたらもしかしたかもしれないのに……。

 あれから何十年、周りにカミングアウトする事なくひっそり隠れゲイとして生きてきたけれど、良い事や悪い事を色々と経験して、心身ともに鍛えられた自負がある。

 何十年経った今でも思う。彼の言葉は、どう言う意味だったのだろうかと。あの時、どういう言葉を返すのが正解だったのだろうかと。もしも、今の自分の心の持ちようだったらなんて返そう。

「男じゃだめ? 俺、野田の事が好きなんだけど」

 くらいな事は言って、ぐいぐい迫っていたと思う(笑)。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?