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Step By Step

いまだに国からマスクは届かない。

ウイルスの拡散防止のためというよりは、シーズン的に花粉から身を守るために必要としていた時期にあの品薄騒動が勃発し、一時はどうなることやらと鼻水を垂らしながら気をもんでいたのだけれど。
自粛の手持ち無沙汰が作らせた友人お手製の布マスクの恩恵にあずかる頃には、花粉も鳴りを潜めていた。
いまや感染を防ぐというよりは、良識ある日本国民であることを証明するバッヂになったマスク。
南の方から入梅の便りが聞こえて来る頃になっても、街行く人々が皆一様にマスクをつけている光景はもはや新鮮さを失い、新しい時代の日常的な一コマの地位を早くも手に入れたみたいだ。

どうやらウイルスには好きになってもらえないタイプのようで、脂肪肝気味の肝臓をはじめとした叩けば多少は出るであろう埃レベルの異常値をヨシと言い切ってしまえば、至って良好な健康状態を保ったまま今に至っている。
Stay Homeなどと言われずとも元来インドア気質の自分とは対照的に、世間の流れよりだいぶ早めにテレワーク体制になり、通っていたジムがゴールデンウィーク前に閉鎖され、行動派の本能を持て余しているパートナーも、それならそうと何かしら動く方法を見つけ出しているようで、つまり、二人ともつつがなく毎日を過ごしている。

今回のウイルス騒動は、それまで日常に存在していた、当たり前で意識しなければ気づくこともない、空気のような刺激を一切合切消してしまったように見える。
そして、常にそのような刺激に晒され、享受し、悦に浸っていた日常をまざまざと見せつけた。
日常を喪失することは過去の様々な事件や災害において経験済みではあれど、今回のように未来永劫「社会の是」とされるであろう概念が根底から覆される事態は、近代以降に限れば終戦以外おそらく誰もが未経験なんじゃないか。
刺激に限ったことではないにせよ、そこにあったものを失くすことのインパクトはなかなかに大きい。

そんな日々の中、はたと気づいたのは、こんなにも長い間パートナーと一緒の空間で一緒の時間を過ごしたことはなかったということ。
同居しはじめてからすでに20年近くが経とうとしているけど、お互いが仕事をしているときは1日の半分以上は別々だったし、あちらだけが仕事をしているときでも出勤から帰宅までは別々だったわけで、あちらはテレワーク、こちらは専業主夫である今は当然ながらほぼ毎日一緒の空間で一緒の時間をすごしていることになる。図らずも今、こうして一般的な夫婦の老後のような状況に身を置いている。
豆を挽いてコーヒーを淹れ、パンを焼くだけの朝はともかく、昼と夜の食事の支度を死ぬまで延々とこなすのか…と気づくと、無限地獄の淵に立った気にもなるけれどあながち間違いでもないと思う。

すったもんだの非常事態から、日々の状況がめまぐるしく変移し、ウイルスとの共存を目指したフェーズになりつつある。
前回と同様、老後どころか近い将来の見通しもきかない世界はまだ続きそうな様相を呈しているけれど、老後を考えるにあたって何かしらのヒントになりそうなカケラでも掴めれば悪くないなと思ったりもしている。

国からのマスクがほしいわけではない。

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