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2024年夏、五家荘で白い蝶を見た。

毎年毎年、記録的な暑さとエンドレスに話続ける、天気予報のアナウンサー。この人間のふりをした無感情ともいえる話し声の持ち主はご存じAIとやらの仕業なのか。この告知が暑さに拍車をかけるのだな。…深海では水温が急激に下がり続けているという情報もある。

自分でも寝る前に、目が覚めても、枕元のスマホをつい見てしまう。ガラクタ情報の掃きだめ。ここらで、もういい加減に見るのを止めようと決心しないと、残りの人生、噛みあわないピースの寄せ集めで、どんなジグソーパズルの景色が出来るのか。すでに頭の中は誰かの悪意のつぶやきで満たされてしまっている。仏壇に添えられるのは位牌ではなく電源の入らないスマホの黒いガラスの板になるかもしれない。

小説「限りなく透明に近いブルー」。この作品で、夜明け前の一瞬、街が限りなく透明に近い青い色に染まることを知った。(小説は読んで意味がさっぱり分からなかった)確かに下宿の窓の外の町の色が夜明け前、確かに一瞬、町の景色は青く見えたのだ。僕は少し感動した。

ここ数年、流石に60を過ぎて自然に早起きになった。新聞配達のバイクの音が近づいてきて、郵便受けに新聞がコトリと落ちる音が聞こえる頃、カーテンの外を見ると窓の外の景色が限りなく透明に近い青い景色だと気が付くようになった。そして、集落が目覚める前の静かな青い世界で、裏山の向こう、木のとっぺんで、一羽の鳥のさえずる声にも気が付いた。彼女(彼)は、本当に楽しそうに歌い、楽しそうにさえずる。耳をすます。キュルキュル、キュルキュル…、キラリキラキラ。悩ましい1日の始まりがほんの一瞬、その声でこころ救われる気分になる。

これが一番鳥というものなのか。時間が立ち、辺りが明るくなるにつれ、次はカラスのしわがれ声に変わり、漁船の海を渡るエンジン音、トラックの走行音が混じって声は聞こえなくなる。最後はテレビの垂れ流される、今年の暑さは異常と言うエンドレスな天気予報の声。

五家荘の山道を歩くと、同じような鳥の声が頭上から聞こえて来る。山は彼らの物だから、人間に何も気をつかう事はない、最初は僕の足音に警戒し、しんと静かだが、僕の姿に慣れてくると、あちこちの木の茂みから歌う声、話す声が聞こえて来る。

僕がどうしても、独りで山に登るのは…そういう小鳥たちの声が聞こえなくなるからだ。集団で山に登ると、折角、自然の声を聴きに来ていても人の声を聴き、世間話に相槌を打っているうちに、何も聞こえなくなる。ところが一人で林道を歩いていると空虚で空騒ぎ、雑念だらけの僕の頭の中が、彼らのさえずりで、ほんのひと時だけ救われる。その為に僕は一人で山を歩くのだ。(運転役の家人は基本、車の中で本を読んでいる)

今年も猛暑の中、五家荘に向かう。目指すは栴檀轟の滝。この滝は、写真を撮るにはなかなか難しい滝でもある。誰もが撮り尽くした景色。夜に星空込みで写真を撮るか、滝つぼのすぐそばまで迫るか、半分、川に浸って水面すれすれでシャッターをきるしかないか…馬鹿な事を考える。(考えるだけで実行しない)

少し楽しみにしていたのが去年に撮った滝の手前の岩に咲いたギボウシ。今回は残念ながらギボウシの姿はなかった。ただ今回は違う岩の横でひっそり咲いている小さな花に会う事が出来た。ぱっと見るに「ネコノメソウ?」か?とも思ったが、フェイスブックのあるグループの人がこの子は「※マルバマンネンクサ」だと教えてくれた。気が付かないところで咲いている一輪の花。ほっと、心が救われる。※学名は “Sedum makinoi  Maxim.” 牧野万太郎博士が発見した花で学名にもマキノの名が付く。

さて、山の夜明けの色は青いのだろうか?僕には恥ずかしい過去があり、二度ほど山で夜明けを迎えたことがある。一回目は谷底の岩陰で、もう一回は崩落した林道で。何回、時計を見ても針は進まない。山の夜ははてしなく長く遠い。森の中の暗く重い闇が、僕の体を包み込む。分厚い闇の層からねっとり抜け出せないまま、ようやく眠りに落ちる。日が射し始め向こうの山で一番鳥の声が聞こえる。深い森の夜明け…そこは限りなく透明に近いブルーではなく乳白色。モヤのような白い色で森が包まれ、朝となった。

森は不思議なのだ。自分一人だけと思って居ても、誰かが居る。杉林の茂みの暗がり、廃道になり草生した小道の崖の上…白昼の林道を歩いていても、何かを感じる時がある。

最後に尺間神社に立ち寄る。尺間神社は五家荘最後の神秘の迷宮といえる場所だ。すでに急坂の参道は崩落、草におおわれ危険な状態。ふと見るに妖気がしっとり漂う、鳥居横の茂みにたくさんの白い蝶が優雅に舞っている。「白い蝶の群れ!」僕は思わず声を出してしまった。(知人から後で、ムクゲですよと知らされるが)真夏に舞う白い蝶の群れを僕は見たのだ。

滝と花の写真を撮りに来たのだが、白い蝶の写真を撮って帰る。

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