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spiritual

先日、ジャン・リュック・ゴダール監督が亡くなった。

わたしが20歳ごろ(1990年)フランス映画や文学にはまっていて、ゴダール作品は映画評として長い文章を残したことがある。映画や音楽の評論家みたいな人になりたいと思ってた。いつもレコードと詩集を持って、黒い服とベルボトムとサングラスと、煙草とお酒と、夜の渋谷が大好きだった。フランスが好きというより、ヨーロッパの文学、絵画、映画、音楽、を狂ったように吸収したくて、TOKYOのなかで彷徨っていた。それは、TOKYOだからね、そんな場所はあった。渋谷の宇田川町のレコード村をはじめとする古レコード店、小さな映画館、そしてJAZZ喫茶。アメリカの陽気なビッグバンドのジャズからヨーロッパのフリージャズに精神性をもっていかれてしまった少女は、渋谷メアリージェーンというジャズ喫茶に出会い、そこで働きながらゴダール評を書き、詩を翻訳し、詩を書くようになる。毎日毎日飽きもせず。

何がしたかったわけでもなく、何かを求めているのだけれど、癒しや悟りやそのようなものではなく、眼に見えない大きなものに飲み込まれてしまうことの不安のようなものが絶えずあって、しっかり繋ぎとめてくれるのは人ではなく、ものすごく抽象的だけど、音楽や詩や映画でしかなかった。そこが安心できる場所で、そして時々、絶望的にもさせてくれる場所だった。

ゴダールの映画は詩的で、フリージャズそのものだった。ということを書いていたと思う。いまから30年前のわたしは。

そして、そんなことを思っていたら今朝はファラオ・サンダースが亡くなったという。コルトレーンやアイラーと並び、わたしを遠い遠い意識に連れて行ってくれた、東洋でも西洋でもない、何か普遍的な、絶対的な場所へ導いてくれた存在。スピリチュアルおじさん!

スピリチュアルってどんなことか、ひとそれぞれの定義があるかもしれないけど、わたしが最も大事にしていて大事にしているから隠していることでもあるし、それを話すことをおそれてはいけないのです。

スピリチュアルおじさんに、どこか遠くの意識に連れて行ってもらうのが、もう依存症のようになってしまい、気づくと、自分の足でそこに向かわないといけないのに、だいぶ歳をとってしまったようだ。

ゴダールにも、太宰にも、ボルヘスにも、三島由紀夫にも、コルトレーンにも、ボブマーリーにも、遠い意識まで連れて行ってもらった。でももう、その場所がどこなのか、わかったのです。このごろ。




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