ブルジョワヒエラルキー
音楽が時代遅れのような気がしているのはとても感じるし、バンドって言葉自体が終わってしまっているように思うんだよね。曲なんかどうでも良くて、自分をよくみて欲しいってやつばかりじゃ無いか。だけどさ、俺は思ってるわけ、もっとちゃんとした音楽を聴きたい思っている連中がいるんじゃないかって。あのクソバンド風に言えばこの世界の片隅にはさ
誰にでもわかるようにするためには、単純明解で間違えない様のないものにする他ない。
そのとき、その人で違う意味を持つ様な文章を書きたいと思っていたが、全くそうならずある意味諦めの中で思いついたことだ。U2のような壮大な曲に意味がありそうで無い歌詞をつけてみたかった。ブルジョワヒエラルキーはそういえばわかりやすい歌詞だ。サビはバカとしか言っていない。この曲によって少ない支持の中オーディションの最終選考に残ることができた。パワフルで一度聴いたら耳から離れない。アルバムの一曲目にふさわしい曲だ。
また一方でサビの詩が暴力的で良くない、宗教的な思想が強い気がする。ある意味いろんな捉え方をされた曲でもある。そう言った人たちには、そのどれもが間違っていて、まともに文章も読めないのか。とここで反論しておきたい。
パワフルで一度聴いたら耳から離れない。一曲目にふさわしい曲だ。
『ブルジョワヒエラルキー』
呼びかけた声が消えるような
その群衆の中に聞こえてきた叫びはわからない
吐いて捨てるほどいる青年の目を見ながら
最後の舞台から滲み出ていたセリフはわからない
価値などない者たちはさえぎれない
わかっていたことも
ブルジョワの馬鹿が 何を言えば
ブルジョワの馬鹿が 剥がされてく
ブルジョワの馬鹿が 触れる血には
呼びかけた声は知るだろう
遅すぎたのに
すべてが崩れ始めてるような気がしたのは
やることどれもこれもホコリの味がしたのはわからない
神の居場所を知るその目がとらえていたのは
殺人的な人手をこぼしていた街にはわからない
過去などない者たちは失えない
かき消されたものは
ブルジョワの馬鹿が 何を言えば
ブルジョワの馬鹿が 剥がされてく
ブルジョワの馬鹿が 触れた日には
呼びかけた声は知るだろう
遅すぎたのに
呼びかけていたのは
問いかけていたのは
今を変えていく者たちは
ブルジョワの馬鹿が 何を言えば
ブルジョワの馬鹿が 剥がされてく
ブルジョワの馬鹿が 触れる血には
呼びかけた声は知るだろう
かき消されない
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