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時の旅人 - 時空連続体を駆ける電車

私の街には駅があります。地下鉄駅ではなくて平地の駅でもなくて、高架線の駅です。そこそこ立派です。私はこの駅をエリアに含む校下で生まれ育ったこともあって、この駅周辺は今でもよく歩き回っています。散歩です。たまに用事でこの駅から電車に乗ります。今年はボブ・デュランの公演に隣の県まで出向いて戻ってくるときこの駅を乗降しました。

プラットフォームから駅前が見えます。いつも歩き回っている駅前です。それが電車に乗ると、あっという間に後ろに流れ去ってしまいます。まるで飛行機が、飛行場を飛び立って、ふと窓の外を見るとついさっきまでそこにいたはずの飛行場がうずを巻きながらだんだん遠ざかっていく様のように、私の生まれ育った、そしていつも歩き回っている駅前が消えていくのです。

戻ってくるときはたいてい夜中です。おなじ路線でも昼と夜ではまるで別物です。窓の外を見ると、遠くの方にタワービルがいくつかぼんやり見えていて、それに向かって電車が左に緩くカーヴを描きながら、高架線を走っていくと、やがて駅の光がこちらに近づいてきます。ほんの十分ほど前に出発した別の駅と見分けがつかない、そんな光が、闇の中から近づいてくるのです。

かつて通っていた小学校があります。すでに廃校になって別の学校になっていますが、とにかく母校です。家から歩いて通っていました。しかし電車それも夜中の電車の視点では、それは情報ゼロなのです。幼年期というアイデンティティを、夜の高架鉄道は消し去ってしまうのです。私にとっては自分の歩みと存在を支えるこの街が、電車それも夜の電車にとっては、いくらでもある地方都市のひとつでしかなくて、乗客を降ろしてまた新たに乗客を乗せたら、さっさと次の停車駅に向かっていく、その程度のものなのだ…電車がこの駅の光に向かって少しずつ減速していくたびに、そんなことを車内でいつも感じます。

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