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『日本人の英語はなぜ間違うのか?』

日本の中学英語教科書が変だという声は、かなり前からありました。

このテーマでの書籍もいくつかあります。一番できがよかったのはマーク・ピーターセンによるものでした。『日本人の英語はなぜ間違うのか?』は、いろいろな社の教科書を取り上げて、どこをどう直さないといけないのか、そうしないとどんな「日本人の英語」が教科書に増殖してしまうのかを指南しています。

いずれもごくもっともな指摘と添削でしたが、いくつか疑問点もありました。

① 国語教育がどんな風に英語の授業の足を引っ張っているのかの視点欠落
② 縛りを緩めろと提言するがそうしたところで欠陥英文が是正される保証がない
③ 日本の英語教科書が「戦後民主主義」の残照であることの指摘がない


①については旧・大日本帝国における「国語」と「日本語」の葛藤というテーマが絡んできます。

「内地」と「外地」と言いかえてもだいたい重なるお話です。


②について。たとえば氏は、仮定法を中学で教えるようにすれば、おかしなディベート文が教科書内で繰り広げられる愚を避けられると指摘しています。それはそうなのですが、仮定法を教科書で採用OKとなると、今度は仮定法まみれの英文が仮定法デビューの単元に満ち溢れて、仮定法を使わないで済むような内容のときでも仮定法の英文を押しこんでくるといった愚が、結局生じるのです。

実際、中3後半で今では仮定法を教えていますが、中3教科書を眺めていくと、そういう事態になっていますね。

私がかつて危惧したほど酷いことにはなっていないけれど、それは今の中学生たちは小5から英語のおけいこをしているからです。いいですか「おけいこ」をです。「はわゆー?」「あいむふぁいんせんきゅー、あんじゅー?」の末裔たちです。おかしな例文も少なからず混じっていて、そういうのを体で覚えさせられています。中学ではそこそこまともな英文テキストと接することになるけれど、体はすでに「日本人の英語」ウィルスに感染済で、これが後々発症していくとみます。


③については、長い話となります。日本国憲法の理念はとうに破綻しているという結論に至る、お話です。


彼の論への以上の疑問点をたたき台に、いくらか思索にふけろうと考え中です、カンガエチュー。

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