NewJeans 「Ditto」と「リリィシュシュのすべて」

NewJeans(今話題?のK-POPアイドル??)のDittoのMVを是非見てほしい。気に入ったらサカナクションのドキュメントという曲のMVも見てほしい。

Dittoは(side A)と(side B)の2つに分かれている。

sideBは直ぐに曲が始まるのに対してsideAは1分20秒くらいしてから始まる。

6人目のメンバーとして部活か何かでNewJeansメンバーと一緒だった撮影者(このMVの主人公)は腕をけがしていて、メンバーが躍る様子や日常の学校生活や遊んでいる様子をフィルムカメラで映している。

当初は仲が良い学生達の様子を写したMVかと思ったが、曲調や映像の質感から感じられるように、どうやら単純で幸せなMVではないらしい。

4分30秒くらいから、種明かしが始まる。ちょうどその境目に登場するのが
、鹿。積もった雪の中こちらを見つめる鹿。。鹿って神聖な生き物に見える。MVの中でもまっすぐに鹿に見つめられるシーンがあるのだが、目の前にしたら自分を包み隠さずそのまま見つめ返すだろうな、と思うくらい、何か得体のしれない神秘さと畏怖の念を感じる。タイトルの「Ditto」の意味は、「私も」と同意する意味らしい。

種明かしに戻るが、今まで6人目のメンバーだと思っていた主人公、実はNewJeansのメンバーは現実(学校)には存在せず、カメラを回しているが教室で誰を撮っているのかわからない。教室にいる他の生徒はみな、主人公を不審そうに見ている。前半では屋上でNewJeansのメンバーが楽しそうに踊っていたシーンが、実は主人公一人だけ屋上にいて、カメラを回していた。

主人公は、現実には誰も友人がいない。NewJeansのメンバーは彼女の妄想だったのか。
曲の終わりは主人公が雨の中傘もささず、ずぶ濡れで歩くシーンだ。彼女がこの後、どうするのか、絶望して命を絶つのか、現実を真正面から受け止めて何かを変えようとするのか、そこまではわからない。

それに、sideAの終わり方は、現実には存在しないはずのNewJeansメンバーの一人が黒板に少女の絵を半分消すところで終わっている。黒板に書かれた少女は主人公なのだろうか。そうだとしたら、NewJeansのメンバーは現実にも存在していて、主人公と何等かの関わりがあったと言える。それならまだ救いはある、、??

といったところで、sideBを見てみよう。
主人公が妄想で作っていた?映像と現実の映像が入り乱れて、主人公の孤独が映像からひしひしと感じられる。

そういえば男の子がsideAのときも出てきて、唯一主人公のことを真っすぐ(不審な目でみる教室の他の生徒との対比)見てくる。
彼が唯一希望になりうる存在なのかもしれない。(主人公がそのことに気づいているかはわからないが)

そしてsideBで明かされるのは、主人公がカメラを自ら壊したことだ。屋上からカメラを落としたのだ!
それに、sideAでは傘もささず雨のなか歩いていたが、sideBでは傘をさしている!
これは希望のエンディングかな?

曲終わり、大人になった主人公が昔のビデオをテレビにセッティングして見ている。そこにはNewJeansのメンバーたちの姿がある。やっぱりメンバーたちは現実に存在していたのか!と希望を持った次の瞬間、

さっきまでビデオの中にいたときと同じ格好をしたNewJeansメンバーたちがビデオを見ていたはずの主人公の部屋へ現れる。あれ?
そして、映し出された映像には6人目のメンバーだった(らよかったのに、、)はずの主人公の姿はどこにも見当たらない。

私の解釈は全然的外れであるかもしれないし、というかその方が幸せな終わり方だと言えると思う。が、私が思うにやっぱり主人公はずっと独りで、NewJeansメンバーとの関わりなんて全くなくて、すべては彼女が作り出した幻想なのだ。

バッドエンドな終わり方だと解釈した訳であるが、私としてはとてもしっくりきたし、そうであってほしいとも思った。なんでだろ。

それから、あまり関係ないけれど、MVを最初に見たときに楽しそうな学生生活の様子を映しているのに、どこか死を感じるなと思った。

よく、多感な時期とか言われ、悩む時期であると思う。(私は今でも悩み続けているけれど。)
あのとき特有の死への近さ、危うさ、衝動性とかあるよなと思うのです。
それはタイトルにも書いたけれど「リリィシュシュのすべて」という映画で私が感じたものと似ていた。

「リリィシュシュのすべて」は、あそこまで酷い経験はしたことはないけれど、わかる人にはわかる思春期の絶望の感覚がこれでもかというほどにちりばめられている。
”最悪”な思春期に振り切っているので、あれをドキュメンタリーだ!子供たちの闇はあそこまで酷い!いじめをなくそう!と現実問題としてあまり深刻に受け止める必要はないと思っている。というか、それを意図した作品ではないと思っているから。
この作品は田舎の閉塞感も相まって死か生かみたいな極端な思考に陥りがちな危うさと純粋だからこそ苦悩する心の美しさを持ち合わせていると思う。

そんな、「リリィシュシュのすべて」と「Ditto」は共通するものがあるな~と思った備忘録的な感想でした。


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