③「離れるとはそういうことだと思う」

ねえ
最近、思い出した事があるよ
あのときどうして、道ばたで叫んだのか、
わー、と、のどが千切れそうになるくらい
馬鹿みたいに大きな声で叫んだあの時のこと、


それはスーパーの駐車場で、
私たちは買い物を終えて車に乗り込むところだった
そのスーパーは二階建てで、二階はホームセンターみたいに
なっていて、
一階のお惣菜売り場から唐揚げのいいにおいがしていた
わたし達は数日分の食料品を買って戻るところだった

覚えている
そのときの景色や、叫んだ時、周りに居たひとたちがぎょっとした顔をしていたこと、あの人はとても冷静だったこと
覚えているのに、あのときどうして、道ばたで叫んだのか、
そこの記憶がずっと、すこんと抜けていた。

でも思い出した
それはひとつのカウンセリング方法で、小さい時の記憶を一つずつ思い出していくものだった。 小さい頃どんなこと考えてた? どんなことを覚えてる?いろいろと話していた時、急に、あのときのことを思い出した。

あの日、わたしたちは午前中おうちにいて、
おうちと言ってもそこはあの人が勝手に住み着いた、
違法造船所の作業場の二階で、
玄関もなければドアもない、
屋根と窓があるから雨風はしのげる程度のおうちだったのだけれど
その日は朝からKちゃんが来ていて、 ずっと部屋中の段ボールを蹴ったり、彼をののしったりしていて、情緒不安定だった
そしてあの人はとうとうKちゃんを突き飛ばして、お腹を蹴った
 Kちゃんがおかしい行動をすることにわたしはもう慣れてしまっていて、ただ傍観していた
だけどあの人がKちゃんに暴力を振るうところをはじめて見て、さすがにこれはいけないと思った
 Kちゃんは泣きながら、助けて殺されると叫んでいて、 そのときはじめて、大丈夫?と背中に手をあてて顔をのぞきこんだら、
わたしの目をみて、大丈夫じゃない、と彼女は言った
 ここにきてから、Kちゃんは毎日おうちに来るか、道であった りするんだけど、目が合ったのは初めてだった
Kちゃんはいつも視線が泳いでいて、手が震えていた
Kちゃんはわたしを下に連れて行って、あの人との関係を洗いざらいわたしに話した
わたしは本当にばかだから、毎日おうちにきて洗濯をするK ちゃんを 「マネージャーだから洗濯したり飯つくったりもする」という あの人の言葉を
何も疑わず信じていた
部屋にはKちゃんの服や下着が置いてあって、そのときはさすがにおかしい、とは 思ったものの、あの人は毎日Kちゃんの悪口ばかり言っていたから、
そんな関係なわけがないと思っていた
Kちゃんの心はもう、崩壊していた
あの人には東京に奥さんと子どもがいる、それを知りながらつき合い、 やがて別れるんだけど、別れたあとも身体の関係は続いて ここで一緒に暮らしていたのだと言う
彼の生活の面倒をみて、生活費も稼ぎ、ある日突然奥さんが子どもたちをつれてやってきた時、ふたりはパジャマ姿で、今から朝食をたべよう、というところ だった
ふたりの洗濯物が部屋干しされていて、 言い逃れようがないような状態だったが、あの人は言い訳をした
Kちゃんは奥さんを憎んでいた
奥さんももちろんKちゃんを憎んでいた
Kちゃんは妊娠をして堕胎している
そしてそのうちわたしが現れて、ある日突然追い出されたそうだ
明日からもう来るな、 テレビも、料理器具も、全部Kちゃんの物なのに、 全部置いて、出て行けと言われた

その日、そんな話を、わたしは聞いたんだった
 Kちゃんの話を聞きながら、わたしは何を言ったかは覚えてない
ただその時は自分の感情よりも、Kちゃんの感情に心が引っぱ られていて、
悲しかった
ただただ慰めていたと思う
だけど数日後に、彼女に嘘つき、あの時約束したじゃない、 と言われたから、わたしは何かを約束したのかもしれない
Kちゃんが話を終えて帰ってから、二階に上がったらあの人は いつもどおりだった
何も聞かない
だからわたしもいつもどおりにしていたと思う

その午後に、はじめて発狂した

叫んだ、周りに人が居ようが、昼間だろうが、なにも関係なかった
その一ヶ月ほど前に、奥さんから連絡がきて、彼に家庭があること、
子どもがいることを知った時からの、もう全部が、押さえていたもの全部が、叫びになった

あんなに強烈な話の内容を今までスコンと忘れていて、
自分が発狂した場面だけを覚えていて、
わたしは壊れるしかなかったんだと思う

今はわかる 奥さんの気持ち、Kちゃんの気持ち、わたしの気持ち、 全部まちがってない あの人の気持ちまで最近は理解できるようになってしまった

離れるとはそういうことだと思う。

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