ショーケースギャラリー・安部寿紗展

〈土に還らない種〉
2020/陶磁器、金箔

昨年、一昨年と「日の出湧介」と命名してスタジオでお米を育てていた。
近くの「日の出湧水」という湧水を汲んでそのお水で育てるから「日の出湧介」くんだ。スタジオは日当たりが良くなくあまり育ちが良くない。さらにウンガという小さい虫がびっしりと稲についてしまい、実りは少なかった。
通りがかった人にあまり育ってないね、実が入ってないね、と声をかけられる都度、変な感じがしていた。わたしはこの「日の出湧介」くんを食べる目的で育てていたわけではなかった。わたしが「日の出湧介」くんを子育ての見立てとしていたので、違和感があったのだ。
一粒が千粒を実らせなくとも、一粒の籾種を水に浸し、白い芽が出た時の喜びは変わらない、苗が育ち、分げつし、毎日お水を汲んで与えた日々はあったのにも関わらず、最後に千粒が実らなければ残念だった、と思えなかったのだ。
先にも記述した通り「子育て」の感覚を持って育てていたためであり、田んぼで来年の収入及び食料として育てていたのならがっかりしても当然なのですが、わたしにとっては全く別のことだったのだ。一粒は一粒で終わっても、一粒があったことがすでにわたしにとっては良いことだった。
そういう思いで今回の作品は作った。
「土に還らない種」は陶磁器でできている。陶磁器は一度焼くと二度と土に還らない。生まれて死んで土に帰る循環の中になくとも、愛おしく臍の緒の箱に入れた。

〈この世で一粒でもあの世に行ったら千粒になる〉
2020/布、糸、藁、陶磁器

わたしには不思議に思っていることがあった。陶磁器で焼いた骨壷に収まった骨は土に還ることがない。それにも関わらずなぜ骨壷に納めるのか、僧侶である友人に尋ねたところ「納骨袋」について教えてもらった。
宗派にもよるのだろうが、お墓に骨を納める際、骨壷から骨を出し、布でできた納骨袋に入れ替えるそうだ。袋は亡くなった方の家族が用意する。旦那さんを亡くした奥さんが縫い、作ったりするそうだ。墓石の中、土の上に置かれた納骨袋の中の骨はゆっくりと、ゆっくりと土に還る。
それを聞いてとても納得したのだけれど、ではロッカー式の納骨堂はどうなのだろう、と聞いたところ、土に還ることなく溢れかえってしまうので問題になっていて、50年経てば出す入替性のところが多いと聞いた。わたしは墓を実質的に土に還るという理にかなったものだと考えていて、ゆっくり土に還る時間と共に供養されるイメージがあったが、ロッカー式はそれには当てはまらない。しかし理にかなっていなくともそこには信仰がある。
わたしもわたしなりの信仰の形が作品にある。
わたしは土に還らない陶磁器の種を土に還す試みとして、土と一緒に焼いた。
それを納骨袋に縫い付ける。納骨袋は「袋縫い」という縫い方で縫った。袋縫いはいわゆるリバーシブルで、ひっくり返せば内側が外側になり、外側が内側になる。表裏一体の納骨袋の黒い布は喪服の反物を選んだ。まだ紋の入っていない白い丸が記されている。もう一枚の布は、「日の出湧介」くんの稲藁を使った。稲藁で染めると、薄い黄色になった。それはわたしに新鮮な印象を与え、わたしに種を植え付けたと感じている。

〈祖父の手〉
2020/半紙、インクジェットプリント、線香、金紙

〈祖母の手記〉
2020/半紙、インクジェットプリント、線香、金紙

作品4〈父の手〉
2020/半紙、インクジェットプリント、線香、金紙

作品5〈母の手〉
2020/半紙、インクジェットプリント、線香、金紙

そうして手から手、手から手、手から手に、渡ってきたものが今わたしの手にある。わたしはプラトンの「饗宴」に描かれたアリストテレスの「魂の懐妊」という言葉に今は救われている。美を欲する感情が愛である。その結果人は懐妊する。それは詩であり、哲学であり、芸術である。

一穂の稲穂を手に瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が天孫降臨する神話から想像したお話を作りました。ショーケースの中にあるものはきれいなものだ、という先入観がわたしにはあり、そこで、きれいなものってなんだろう、というところから考えました。創作した「手の記憶」という物語は人がきれいなものに夢中になるところから始まる物語です。

「天孫降臨」

この時、中津国は天も地も暗く、

昼と夜の区別もなく、

人は道を失っていましたので

ニニギノミコトは手に持つ稲穂を抜いて

その籾種を四方に撒き散らしたところ、

たちまち天は晴れ月も日も照り輝いてきました。

やがて撒かれた種のひと粒ひと粒から

沢山の稲穂が育ち人々の糧となり、

葦原は稲の実る豊かな国に変わってゆきました。

(参考/日向国風土記)

手の内を明かしてしまおうということでnoteを書きました。
展示は引き続き開催中です。どうぞよろしくお願い致します。

ショーケースギャラリー・安部寿紗展
2021年 1月9日 [土]~3月21日 [日] 9:00 〜 21:00
* 1月25日 [月]、2月22日 [月] 休館
観覧無料
横浜市民ギャラリーあざみ野 エントランスロビー
主催:横浜市民ギャラリーあざみ野(公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団)


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