4/29ト書き

女は膝にクッションテーブルを敷きその上にノートパソコンを広げている。座っている一人がけソファに腰掛け、シーシャを吸っている。手に持っている吸い口の部分を店員が「シャー」と呼んでいることから、この部分が「シャー」というのだという事を今知ったところだ。右側にはカウンター席があり、常連客が店員と楽しげに会話している。
女は先週もこの店に来た。先週は友人と二人、夜中の10時を過ぎてから閉店まで滞在していた。今日は一人だ。部屋の内見を三件はしごし、最後に見た物件に決めた後近くのラーメン屋「ホープ軒」でラーメンを食べ、その帰りにここに寄った。内見は不動産屋の同行なく一人で行き、ドアノブにかかっているキーボックスの暗証番号４桁を揃えて鍵を取り出し、一人で見て回る物だった。一軒目に見た物件は駅からの近さが抜群に良かったものの、部屋の中は汚れていて、特にユニットバスはもうリフォームを入れなければどうにもならなそうなほどに汚れていた。壁紙はタバコのヤニが付着してポスターの跡がくっきりと残り、窓や玄関の扉にはポスターが剥がされた跡が残っていた。玄関のポスターは半分以上まだ残っており、ビキニ姿の金髪の女性がビーチにいる姿が映っている物だった。施錠し、次の物件までGoogleマップを見ながら歩いて20分、二軒目の物件は川が近くにあるところが気に入ったが、とても狭い。窓から光が取り込まれていて明るい印象があり、角部屋であるところも気に入ったが、狭さだけは耐えられなさそうだった。三軒目に向かう。線路を越え、大きな公園の横を通り川沿いをまっすぐ通り、環七通りの手前にそのアパートはある。まず、入り口にスリッパが２揃え用意されていたことが好印象だった。室内は綺麗に清掃されていて、これまでの２軒と違い、１階の物件で、小さな庭に自転車が停められること、布団が干しやすそうだったことが決め手となり、ここにしようと女は決めた。
女は部屋の隅に冷蔵庫を置くだろう。押入れの中に幾つ段ボールが収まるか想像する。カーテンは新しく用意する必要があるだろう。自転車があればきっと行動しやすくなるだろう。どんな自転車を買おうか。膝の上に乗せたノートパソコンで検索する。この街に引っ越してきてまず買うものは自転車だろう。今はまだ持っていない洗濯機を買い、庭先で干すことになるだろう。
店員が３度目の炭替えをした時、ふと「住み替え」だな、と女は思う。マンゴーとオレンジとミントの組み合わせはさっぱりとした吸い口でなかなか美味しい。今日の帰りにこの店に寄って良かった。