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僕をたべてもおいしくないよ

ある日のこと 
風もないというのに庭のいけすが少々波立っており
おやと思った男の子が覗き込むと魚がぶるぶると震えてありました
どうしたのかと 声を掛けると
「私をたべてもおいしくないわよ」
いけすの中で魚はこう言うのです
男の子はえっと思いました
この魚がおいしいかおいしくないかなどと
 考えたこともなかったのです
しかしそう言われてあらためて魚を見ると
ぷりっとしたおいしそうな魚です
男の子は魚をたべました
魚はとってもおいしかった
男の子は この魚はうそつきだったかと思いました

うそつきの魚が息絶えると(つまり魚が最後に吸った空気が男の子のげっぷになると)
いけすはしいんと静まり返り骨がぷかあと浮いてありました
これはつまらない
男の子はこの魚をえらく好いて 毎日いけすを覗いておりましたが
これではまるであるようでないようで なんだか気持ち悪くて仕方ありません
そう思うと 魚のいなくなったいけすを見るのも たまらなくなり
「もういけすに用もないから」
と すっかり栓を抜いてしまいました
骨はいけすの底にべったりとはりつきました
「ああ しまった 水をぜんぶ抜いてしまったら ますますたまらないよ」
いっそ ぜんぶ無くなってしまえばいいんだ
そう思って男の子は 骨まで飲み込みました
その日 男の子はごはんをひとくちも口にできず
呼吸も荒く うまくしゃべることもままなりませんでした
何かが胸に支えているようなかんじがして
横になるのもやっとです
きっと食べ過ぎて調子がわるいだけ男の子は早々と眠ることにしました
夢の中で男の子は 机を這うとかげに出会いました
男の子が触ろうと手を伸ばすと
「私をたべてもおいしくないわよ」
とかげはそう言いました
男の子にたべる気はありませんでしたが 結局たべました
それから今度は屋根から子どものこうもりが落ち
仮面舞踏会のような蛾が入り込み
植木鉢からはきのこがはえてきました
次々と男の子の前に現れては「私をたべてもおいしくないわよ」と言いました
男の子は言いました
「かわいいものほどうそをつき うそをつくほどおいしい」
男の子はぜんぶたべつくしました


朝 胸が支えているかのような違和感は 痛みへと変わっておりました
庭のいけすに行ってみると 雨が降ったのか うすく水が溜まってありました
いけすの底でスイマーが言いました
「私はスイマーで 頭のつく浅いプールで逆さになって踊っていた大切にしていたシャチが 大切にしていたペンギンを五羽 喰った 内側から刺される痛みがした それは祈りだった 小さな祈りもまた 闇に飲まれる 神様はいくらでも私を悲しませてくれるのね」
男の子は 今日も明日も特にすることが無ければただの平たんな場所に寝そべって過ごそうと考えていました
それにしても こんな風に考え事をしているのはとても危険なことです
そらみたことか 蟻地獄に足を取られてしまいました
男の子は言いました

「僕をたべてもおいしくないよ」


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