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ガス欠と駄々

ガス欠

 昨日のつぶやきもそうだが、
 ガス欠を実感している。

 時間がないとか、
 体力と気力が空っぽというよりは、
 改めて考えると、
 アウトプットするものが多すぎて、
 うまく処理できていない感覚
だろう。

 この一週間の間に
 新しいことに三つ
 手を出している。

【新聞ノート】

【音声投稿】

【配信者のマネジメント】

 また、この合間に、
 ランサーズでタスクをこなしながら、
 ちまちまと提案も行っている。

 仕事につながっているものはないが、
 普通に就職活動しても
 職を得られないならば、
 こういうところでも職を探すしかない。

駄々をこねる

 こういう具合で
 アウトプットに割くことが多すぎて、
 頭の回転が鈍くなっている感じ
がするのだ。

 この中から優先順位をつけて、
 処理を行っていく必要があるのだろう。

 「趣味」と
 「仕事につなげたいこと」の
 線引きを迫られている

 私は、
 全部を平等にやりたい。

 夕暮れの公園で、
 帰りたくないとごねる子供のように
 意地を張っている。

 しかし、
 私は分別のついた大人であらねばならぬし、
 時間や気力や体力や環境が
 それを許さない。

 やるせない。

 その上に、
 寄る辺もないのである。

 だが、
 一銭にもならない可能性の
 高いものから
 全て切り捨ててしまったら、
 その私は
 「理想の私」ではない気がする。

 私は大人だ。
 公園で夜になるまで遊んでいても、
 私を無理やりに家に連れ帰る手は、
 もうどこにもない。

 子どもは持てない
 「自由」を持てる。

 果たすべき義務はあるだろう。
 なすべきこともあるだろう。

 それでも、私は、
 「私」として、
 この時間を生きていたい。

 全て、やりたい。

 今は、
 弱音と血反吐を吐いて、
 擦り切れてもいい。

 生き急いでいると笑われてもいい。

 理想を追って
 現実に目を向けぬ、
 愚者でいい。

 それでも私は、
 やりたいことを、
 全部やりたい。

 ガソリンが切れたなら、
 車を捨てて歩いて、
 目的地まで這って辿り着く。

 私は今日も、駄々を捏ねる。


20230924 執筆・投稿

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