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1日1分歴史小話(無料メルマガ)

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2018年5月の記事一覧

#0212【ペテンと復讐の嵐(旧約聖書、ヤコブの娘に起きた悲劇)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。今週は旧約聖書の物語です。 無事に兄エサウとの再会を果たし、兄の元を離れてシケムの地に根付いたヤコブたち家族ですが、その地で悲劇がおきます。 (前回:No.211【疑心暗鬼の和解劇(ヤコブとエサウの再会)】) ヤコブとレアの間にはディナという娘がいました。 <>内は旧約聖書からの引用を基に記述。 <ディナは、その土地の娘たちに会いに出かけたところ、その土地の首長の息子が彼女を見かけて捕らえ、共に寝て辱しめました。 こ

#0211【疑心暗鬼の和解劇(旧約聖書、ヤコブとエサウの再会)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 今週は、旧約聖書の物語シリーズをお送りします。 前回の【0192:ヤコブの脱走と改名】の続きです。 仲違いしていた兄エサウの元へ戻るために、下僕たちと多くの家畜を先に出発させました。 兄への贈り物とするためです。そもそもヤコブが兄の元を脱出し伯父のラケルのところへ行ったのは、兄の怒りを買ったからでした。 贈り物を先に行かせて兄を宥めた上で、顔を合わせられれば、快く迎えてくれるだろうとの考えです。 ヤコブは、二人の妻と二

#0210【都を夢見て祈ります(菅原孝標女、更級日記)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 平安の女流作家特集最後は『更級日記(さらしなにっき)』の菅原孝標女(すがわら の たかすえ の むすめ)です。 この方も、本名は伝わっていません。菅原孝標という人の娘であったことから、そのまま呼ばれています。 なお、父である菅原孝標は太宰府天満宮に祀られている学問の神様菅原道真の玄孫(やしゃご、孫の孫)にあたります。 母は、藤原家の血を引いており、一族には学者が多くいました。さらに伯母には『蜻蛉日記』の作者、藤原道綱母(ふ

#0209【平安女子のマウンティング(紫式部、源氏物語)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 平安の女流作家特集第二弾は世界最初の長編小説 『源氏物語』 の作者として有名な紫式部の登場です。 さて、世界初と言われるほどの長編小説を書くにあたっては、重要な問題があります。 それは書く才能が必要という内面的な要素とともに、当時大変貴重だった紙、墨、筆といった物品・経済面の支援が必要ということです。 紫式部が仕えた藤原彰子は、清少納言が仕えた定子を押しのけて中宮(ちゅうぐう、天皇の正妻)となりました。 彰子の父は、藤

#0208【平安時代のインフルエンサー(清少納言、枕草子)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 今週は平安の女流作家特集です。 この前、明治の女流作家特集をしましたが、今回はそこから約1000年の時を超えて平安京の雅な世界へと飛び込みたいと思います。 まず「春はあけぼの」で有名な随筆集『枕草子(まくらのそうし)』を書いた清少納言(せいしょうなごん)を取り上げます。 昔の日本においては名前は呪術に用いられる可能性もあり、特に女性の本名が正式に残ることは限られています。 清少納言の本名も伝わっていませんが、彼女は清原氏

#0207【対話で深める温故知新(李衛公問対、中国古典兵法書)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 今週は中国古典兵法書関連を取り上げてきましたが、最終回は『李衛公問対』を紹介します。 (前々回:No.205【六千数百字の組織経営エッセンス(孫子)】) (前回:No.206【立身出世の体験談(呉子、中国古典兵法書)】) 前回、前々回で取り上げた孫子、呉子は聞いたことがあるという方も、この『李衛公問対』となると如何でしょうか。ほとんどの方が聞いたことのない書物だと思います。 中国古典兵法書には、武経七書(ぶきょうしちし

#0206【立身出世の体験談(呉子、中国古典兵法書)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。今週は中国古典兵法書関連です。 第2回は「孫呉の兵法」として『孫子』と並び称される『呉子』を取り上げます。 (中国古典兵法書特集第1回:No.205【六千数百字の組織経営エッセンス(孫子)】) 呉子も孫子と同様、書物の『呉子』と人物としての呉子の二つの意味があります。人物の呉子の本名は呉起。以後、書物は呉子、人物は呉起として表記します。 孫子は理論的な部分が多く独白調(モノローグ)であるのに対し、呉子は理論に加えて呉起の体

#0205【六千数百字の組織経営エッセンス(孫子、中国古典兵法書)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 今週は中国古典兵法書関連を紹介したいと思います。 第1回は武田信玄の「風林火山」の旗印にも引用された『孫子』を取り上げます。 孫子には二つの意味が込められています。書物としての『孫子』と人物としての孫子(=孫先生、子は敬称)です。人物の孫子の本名は孫武です。以後、書物は孫子、人物は孫武として用います。 孫武は、全十三篇による孫子を書いたと伝えられています。その理論書をもって名声を手に入れており、新興国家だった中国南方の呉(

#0204【得意満面の悲願達成(後醍醐天皇と鎌倉幕府の滅亡、日本史通史)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 月初の日本史通史シリーズ。最初の武士による武士のための政治機構、鎌倉幕府が滅んでしまいます。 (前回:No.203【燃え広がる倒幕の火(後醍醐天皇と楠木正成)】) 1331年に元弘の乱が起きますが、首謀者である後醍醐天皇は虜囚の身となり、1332年には隠岐の島に流されます。 しかし、鎌倉幕府に対する不満は既に日本全国に充満しており、一度ついた倒幕の火が消えることはありませんでした。 悪党、不満を持つ御家人、寺社勢力が各地

#0203【燃え広がる倒幕の火(後醍醐天皇と楠木正成、 日本史通史 )】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 月初の日本史通史シリーズです。 鎌倉幕府を倒すことに執念を燃やす後醍醐天皇に、幕府側も堪忍袋の緒が切れました。後醍醐天皇を退位させる方向に動き始めます。 (前回:No.202【我こそが真の王者なり(後醍醐天皇と朱子学、日本史通史)】) この動きを察知した後醍醐天皇は、逆に再度の倒幕計画を立てます。この動きに危険を感じた側近が幕府側に密告をします。 失敗する確率が高いとみて、後醍醐天皇の処遇を少しでも良くしようとしての判断

#0202【我こそが真の王者なり(後醍醐天皇と朱子学、日本史通史)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 今週は月初の日本史通史シリーズです。 前回4月には、 No.187【無い袖は振れないけれど(御家人の没落と徳政令)】 No.188【犬も食わぬは骨肉の争い(分裂する天皇家) 】 No.189【鬼の居ぬ間に新興勢力(悪党の登場と日本経済史)】を取り上げました。 元寇という未曽有の国難を鎌倉幕府は退けることに成功しました。しかし、相手から賠償金や領土を奪ったわけではなく、日本のために戦った武士に報いる手段を鎌倉幕府は持っていませ

#0201【天才の限界(ナポレオン③、フランス革命)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 遂にフランス革命シリーズもフィナーレです。 (前回:No.200【栄光を駆け登る天才(ナポレオン②、フランス革命)】) 末尾にこれまでのフランス革命シリーズのURLを列記してあります。 35歳の若さで皇帝の地位にまでナポレオンは登り詰めます。革命精神を永遠に残し続けることがナポレオンに求められた役割でした。 そのため、ナポレオンはフランス革命を打倒しようとするヨーロッパの各王国との戦いを止めることができませんでした。

#0200【栄光を駆け登る天才(ナポレオン②、フランス革命)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。 今週はフランス革命シリーズのフィナーレとしてナポレオンを取り上げています。 (前回:No.199【天才は一日にしてならず(ナポレオン①、フランス革命)】) ナポレオン20歳のときにフランス革命が勃発します。フランス陸軍の高級将校たちは貴族たちでしたので、彼らは次々と亡命していきました。 ナポレオンは、フランスの混乱を衝いてコルシカ島のフランス国内での地位向上や独立を進めようとします。コルシカ島に帰ると独立闘争の英雄パオリが