劇団四季『ゴースト&レディ』のデオン様が心に刺さって抜けない

「(彼女は)僕の天使だ！僕が殺す！」

やめろ…そのセリフは私に効く……

劇団四季『ゴースト&レディ』デオン・ド・ボーモンにこんなに心奪われるとは思わなかった。
そしてなにより、舞台『ゴースト&レディ』がこんなに素晴らしいとは思わなかった。

この感想文はまだ見ていない人に勧めるために書くのではなく、私が自分のために感動を記録しておくためのもの。
そしてもう既に見て、もしかしたら私と同じようにこの感動を誰かと共有したい！同じこと思った人いないか！？とさまよいここに辿り着いてくれた人に握手するためのもの。

あんまり良かったから、『ゴースト&レディ』良かったよってまだ誰にも言ってないの。これから見る人にはできることなら、評判良いらしいよ、という先入観すら持たずに見てほしいと思ったくらい。

私は舞台のチケットが取れてから、原作漫画を読んで、それ以外の情報は特に仕入れなかった。演出家が誰かとか、人の感想とか、運良くまったく触れずに座席に着けた。
まず原作を読んでみての感想は、確かにこれは舞台になるだろう、という納得だった。漫画原作ものでよくある、このシーンはどうするの？このキャラはどう出てくるのかしら？という不安はまるでなく、むしろ「初っ端はゴーストが観客に語りかけてくるだろうな」と板の上に立つ姿まで想像できたほどだった。そして実際そうで、もうしたり顔よ。そうであろうそうであろう、わかるぞ…！これは奇をてらった舞台化ではなく、王道のやつ…！！

デオン様(様付けで呼ばせてくれ)に関しては、うぅんいい敵！舞台映えするだろうな！とは思っていたものの、初めは当然主人公フローとグレイに注目していたのでそんなに気にしてなかった。そしてデオン様がほとんど出てこない1幕の間もずっと素晴らしかったので、いいなぁ！いい舞台だなあ！とただ噛み締めていた。フローが髪を切るタイミングそこか、とか婚約者設定いいぞ、わかりやすい！とか原作の設定と違うところもミュージカルファンとしてなるほどなるほどと感心しながら見ていた。

劇場に取り憑くゴーストという設定で、ミュージカルファンなら誰でもオペラ座の怪人を思い浮かべると思う。"良い人だけどいまいち合わない婚約者"もどこかで見たことあるな…となると思う。"主人公の近くにいるがヒロインになれない二番手の女の子"もいるいる…ってなるよね。とにかく設定が馴染む。ミュージカル用に改変された設定が、どこかで知ってる関係に似てたりするんだよね。これはオマージュとか二番煎じとか言いたいのではない。ミュージカルにありそうな設定を王道として取り入れてる正統派の印象を受けて、そこがよかったと言いたい。

グレイ自身も「尼寺へ行け！」など、この場面はあの舞台に似ていると思えばすぐセリフを引用する。それと同じように私たち観客にも自分のこれまで見た舞台を思い出させてくれる、そんな舞台だった。

この点で、私はゴースト&レディに大人になってから出会えて本当によかったと思っている。劇団四季の作品はもちろん、それ以外のミュージカル作品も舞台も、ロンドンでもブロードウェイでも、いわゆる2.5次元ミュージカルも気の向くままにいろいろ見てきた果てにゴースト&レディを観劇できてよかった。この作品を見るとこれまでの私の観劇歴がパチパチと胸の底から湧き上がってくるような感覚があった。数百年劇場に取り憑いてるグレイほどではないが、私も観劇は好きな方だ。このセリフいいな、このメロディーいいな、と思った瞬間に、過去の観劇の感動まで記憶の彼方からよみがえって被せてくる。こういうのがお好きでしょ？このパターンご用意しております！とばかりに。そうですそれです私が好きなやつです！！とひれ伏すしかない。なにかに似てるわけではなく、さっきも言った馴染む感じ。そうして目の前の感動が増幅されるのを感じた。

そしてこれは私だけの体験で、隣に座る人はまた別のことを思っているのだろうし、私と違う過去と共にこれ好き！となっているのだろう。舞台を照らすライトや動く階段にそれを感じるかもしれない。目の前のゴースト&レディだけでなく、観客がこれまで見てきた舞台ごと、劇場作品っていいよね！とドーンと包み込むような1幕でしたね。

1幕ね。ここまで1幕の時点での感想だから。この時点でよかった！！となってたら2幕のデオン様ですよ。幕間に言いたいこと全部言っとかないと2幕始まったらもうデオン様素晴らしいしか言えなくなるから。ブロードウェイで「リトル・マーメイド」を見たときは…なんて過去の観劇思い返してる場合じゃない。デオン様を！見ろ！！今！！！

1幕の間に、姿は見えないけれども声だけが劇場の背後から響くというこれまた舞台ファンがにこにこする演出を押さえてきたデオン様ですが1幕ラストのかっこいい登場、圧倒的な印象を与えて幕間休憩に入る、1幕ラストがかっこいいミュージカルはいいミュージカル、贅沢な扱いを受けていますよねぇ！
思えば後半にしか出ていないのにビジュアルも歌唱力もとてつもなく、見終わったあとは心がデオン様でいっぱいになるので、引っ張るだけの価値はあるラスボス様でございました。
1幕の間に好きなものてんこ盛りにしておいて、極めつきのデオン様。最高です。
声が…美しく…強く…グレイを圧倒する身のこなし…剣さばき…原作を読んでどんな敵が出てくるかは知っていたのにこんなにすごい！と思わせてくれるなんて…予想を軽く超えていたし、一気に心奪われてしまった。デオン様の敵としての説得力ったら。歌が上手いほど強いからね。

原作改変の影響をいちばん受けていたのもデオン様で、最初はゴーストが人間を殺すと消滅するというところに戸惑った。でも全体としてゴーストの成り立ちとルールはうまく機能していたと思う。誰にも看取られず孤独に死んだ人間はゴーストになる、グレイの話からそう受け取ったフローは負傷兵の最期には必ず寄り添う。その行動も自然だったしフローとグレイの関係の強化にもなっていた。
すると当然デオン様も？となるわけだけど、そこの掘り下げが素晴らしかった。デオン様についてグレイが、生きている間は「男だった」と言い、ゴーストになるとその姿は魂の本来の形をとるとの説明から、男性の肉体を持って生まれたデオンは魂は女性であって、自身の心とは関係なく周りから当然男として育てられたんだと私は思い込んでしまったのね。女性の身体であることを隠して男装しているという受け取り方があることは(むしろそっちが主流？)しばらくしてから知った。宝塚もよく見る私としてもその可能性はあっていいとは思うけれど観劇中の私はそうとは捉えなかった。服の下が女であることがバレて殺されたというより、もっと思想的な、心の内なんて誰にも悟られるのではなかったという後悔が滲んでいるような気がして。
そしてそれは現代の私たちにも受け取れる悲しみであるので。

原作から設定が変わった箇所は多いけれど、あいまいだったデオンの性別が確定してしまうというのは特に大きな改変ではないか、そこ決めちゃっていいの？とは思ったものの、女性と確定したと思った人がいる一方で男性と確定したと捉えても問題はなかったわけで、結局私の中で性別はあいまいなままだ。素晴らしい。

抜群のスタイルにひらひらのドレスをまとったシュヴァリエ(騎士)、全員好きなやつ。

デオン様のフローへの執着、好きなやつ好きなやつ。

ついでにフローの体力を回復させるためにグレイが力を分けたところ…あれ原作ではぽわっとしたものを体に入れてあげるみたいな演出なんですよ知ってました奥さん？ミュージカルでは！！当然！！キス、ですよね〜〜！！！誰でもわかる。死んだ人も生き返るもんキスは。ミュージカルでは。
これがあるからフローの最期にグレイが4つのもの準備して迎えに来てたのも自然。

天に召されるとき、フローが自らの足で歩いていたのもとてもよかった。これまで看取った兵士はすーっと滑るように召されていたのに。フローならそう進む。持って生まれた肉体がなんであろうと、魂が向く方へ進むんだよ。前に進む希望を与えるミュージカル、王道中の王道。

性別を確定させたり、男女間の絆をすぐ恋愛の枠に嵌めたり、なんでも単純化させるのは個人的には好みではない。原作者もそうではないかと思うし、それはミュージカル演出家もわかっていると思う。でもそれ以上に、ゴースト&レディのミュージカルは王道を貫きたいんだ！という強い意志を端々から感じた。そして本当に効果的に大人の心に響くものに仕上がっていた。

ゴーストのことわりすら大きく変えてしまうミュージカル版だけれど、それでもキャラクターが破綻せず魅力を保っていられるのは原作の強さだと思う。これだけ変えてもどちらもゴースト&レディ。
バッドエンドの人魚姫原作と、スーパーハッピーエンドのミュージカルリトル・マーメイドのように。私たち舞台ファンは完成度が高ければどっちも楽しめるんですよ。

四季版ゴースト&レディを1回しか見てないのに、これは世界でも通用すると思ってしまう。ロンドンの人たちだって見たらきっと、まさか日本の漫画が原作なんて知らずに自分たちの話だって思い込むんじゃないかな…そう受け入れる未来が見える…

日本発のミュージカルでいいところと言えば歌詞が自然なところ。英語から翻訳された輸入ミュージカルはどうしても情報が削ぎ落とされたり語順が倒置されたりするのがあるあるだったけど、これはそれがない。オリジナルが日本語だから。私はこれまでたくさんミュージカルを見てきて、ここにきてまたひとつ素晴らしい日本語ミュージカルに出会えたことを幸運だと思っているよ。世界に通用すると思ってるのは本当だから、いつかブロードウェイで大成功したときのために東京でブランニューのときに見たぜと深く記憶に焼き付けたい。
そしてこれから何回も見て後押ししたいし、またデオン様に会いたい。