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男の子がミニモルカーを飼う話を書きました


「ねえ、パパ。ぼく、自分のモルカーが欲しいんだ」
 土曜日の朝、トイザらスから来たDMとバースデイクーポンを持って、どきどきしながら新聞を読んでいたパパに話しかけてみた。パパの読んでいる新聞には『子供用モルカー【ミニモルカー】ついに発売!』と大きく書いてある。
 問題は値段だ。誕生日プレゼントの予算としてはおねだりする候補だったゲーム機よりもゼロがひとつ多い。
「ねえ、いいでしょ。ぼく、ちゃんとお世話するよ」
 パパは新聞から目線を上げて(どうする?)とママに目配せをしてみる。ママは小さく首を振った。ママはすぐそうだ、カブトムシやカマキリを捕まえて帰ってきたら悲鳴をあげるし、
「どうせ飽きてママが世話をすることになるじゃない」
 と、怒るんだ。そんなことないのに。
「ねえパパ、いいでしょ」
「たっくん、ちゃんと世話をしないといけないんだよ、それに公道、つまり道路は走っちゃダメなんだ」
「それでもいいよ! ぼく、ちゃんとお世話をする!」
「じゃあ、ママがいいって言ったらいいよ」
「あなたってば!」
 怒るママにパパは手招きをして、新聞の記事を見せながら、ひとりっこだからペットを飼うのも情操教育が、とか、なにやら説得してくれている。ママはちょっと渋い表情だ。ぼくはこれで自分だけのモルカーが手にはいるんだとウキウキしていた。

 どうやら店頭販売の抽選予約受け付けはもう始まってるぞ、まずは見に行ってみよう、とパパがモルカーを運転してトイザらスまで連れてきてくれた。ひとだかりがしている方に行ってみると、ちょうどミニモルカーの散歩の時間だったみたいで、ぷいぷい鳴きながら列になってゆっくりちょこちょこと進んでいる。
「ぼく、あのこがいい!あの一番後ろのこ!」
 ちょっと遅れて走っていたそのミニモルカーは丸い目でこちらを不思議そうにじっと見て、列から離れていたのに気がつくとあわてて追いかけいってしまった。パパが抽選用紙に住所と名前と連絡先とあのミニモルカーの番号を書いてくれた。第三希望まで書くんだよ、とお店の人が教えてくれたけど、ぼくは、あのこじゃなきゃ、イヤなんだ。

 誕生日からちょっと過ぎたけど、抽選を勝ち抜いてあのミニモルカーがぼくのうちに来てくれた。まだちょっと怖いのか、ぷるぷる震えている。
「モル、ごはんだよ! 今日からよろしく!」
 ぼくがごはんをあげると、ミニモルカーはおずおずと近づいてきて、しゃりしゃり小さな音をたててキャベツを食べてぷいぷい鳴いた。モルがキャベツを食べている間、モルの背中をずっと撫でていた。
 パパと一緒にモルを連れて散歩に行く。近くの公園か川沿いの土手なら乗ってもいいってパパが言うから、橋のふもとまで一緒に歩いた。少し寒いなあ、と言うと、モルがぷいぷい鳴きながら体をくっつけてくる。モルはあったかい。土手までくるとぼくはモルに乗り込んだ。
「モル、走れ!」
 モルは手足をぱたぱた動かしながら細い土手を走る。窓の外の景色が飛んでいく。ぼくが笑うとモルもきゅいきゅい笑う。
「ねえパパ!パパも乗せてあげよっか⁉」
「パパはモルに乗れないんだよ、たっくん」
 残念そうにパパも笑う。
「ざんねんだね、モル」
 話しかけるとモルは、ぷい、と返事をしてくれた。

 それから2年、ぼくとモルはいろんな所でずっと一緒に遊んだ。何度も公園に行ったし、近所に出来たミニモルランにも連れていった。ちゃんとごはんも毎日あげているし、遊びに行ったあと、モルの足を拭いてあげたりお世話をした。そうやって一緒にいるうちに、ぼくはだんだん大きくなって、モルに乗るのが窮屈になった。ぼくがこんなに大きくなっちゃ、モルだってうまく走れない。
「たっくん、いとこのまーくんがもうすぐ3歳になるんだ」
 それが、モルとのお別れの前触れだった。

 ママとパパと一緒にいとこのまーくんの家にモルを連れていくと、まーくんのママはぼくにケーキを出してくれた。
「たっくん、ほんとうにいいの?」
 ぼくはうなずく。まーくんとモルは、最初は人見知りしていたけれど、ちょっとしたら、すっかり仲良しになって、一個の毛玉みたいにじゃれあって遊んでいる。きっとモルも大事にしてくれる筈だ。
 ケーキを食べ終わると、モルがぷいぷい鳴きながらぼくの服を引っ張ってくる。
「ごめんね、もう一緒に遊べないんだ」
「ぷい?」
 モルは不思議そうに首をかしげる。
「ぼくが大きくなっちゃったから、モルにはもう乗れないんだよ」
「ぷいぷい」
「また、会いにくるからね、元気でね」
 モルをぎゅっと抱き締めると、モルは不思議そうに丸い目でぼくを見つめていた。たっくんが「もるー!」とモルの名前を呼ぶと、モルは戸惑ったようにぼくとたっくんを交互に見た。ここに居るとなみだがぽろんと落ちそうになるので、ぼくは早くうちに帰ることにした。

 土手を歩いていると、まーくんのママと挨拶を済ませたパパとママが慌てて追いかけて来た。
「パパ、ママ、またモルに会いに行こうね。そして、大人になったら、その時はたっくんが自分でモルカーを買って、またモルって名前をつけるんだ」
「そうだね、そしたら今度はパパとママもモルに乗せてくれるかな?」
「いいよ!」
 パパが笑う。ママも笑いながら目をハンカチで押さえている。
 モルと走った道を、ぼくはパパとママと手をつないで歩いて帰った。

END

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