霧むこうのお化け

「今作は実体験を基にした物語と聞きました」
 問われたサングラスの男は、手元の絵本を撫でた。
「若い頃、山が好きでね」
 ある日、濃霧で道を見失い途方に暮れていると、霧の向こうに人影が見えた。
「頼む、助けてくれ」
 影は無言で男の顔を指差すと、踵を返し歩き始めた。
 気づけば見知った登山道だった。
 安堵し影を振り返ると、霧の中から両手がぬっと突き出され男の顔を捕まえた。
 その親指が両の目を拭った。
「その時やっと、何を指差されていたのか解ったんですよ」
 男はサングラスを外さなかった。
「あの日以来徐々に見えなくり、今は視界もほぼ真っ白で、あなたのことも影のようです」
 男は静かに笑った。
「まるであの日の霧の中みたいですよ」

@Tw300ss 第48回  お題「霧」 ジャンル「オリジナル」