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読書ノート 「ここから先は何もない」 山田正紀

 山田正紀の描き下ろしSF。ちなみに「ここから先は何もない」はボブ・ディランの曲名。あとがきで山田正紀がこの創作秘話を述べているが、この作品には二つの意図があるそうだ。ひとつめは、SFの古典とも言える、ホーガン『星を継ぐもの』(火星人が地球人類の元を持ってきた、というのがネタバレなのだが)を引き合いに、「宇宙の物語を宇宙を舞台にせずに書けないか」というもの。もうひとつが、中間小説(いわゆる大衆向け小説誌というものが昔は隆盛であったのだ)執筆時代に、消化不良だった(日常から初めて最後はSF的ネタでストンと終わる)短編を、そのまま膨らませていったらどうなるか、を好き勝手にしてみたい、というもの。楽しんで書いている様子が見て取れて、こちらも楽しくなっていました。

 山田正紀については、どこかに書いただろうか。これまた若かりし頃、『神狩り』で衝撃的なデビューを果たした後、「地球精神分析」「宝石泥棒」と次々と秀作を生み出すなか、SFアドベンチャー連載の後、徳間ノベル小説の体裁で『神獣聖戦』シリーズをリアルタイムに読み、その中に出てくるキャラクターたちに、またその世界観に心を奪われたのだった。

 「大いなる疲労の告知者」なんて、そのままラカンの「大文字の他者」じゃん、などと思っていたのを懐かしく思い出す。

 三冊のノベル本を刊行した後、予告では中編、長編を書くというあとがきを残し、じーっと待っていたことを思い出す。その後『魔術師』という中編が刊行されたが、それが今までのシリーズの世界観を拡げると言うよりは、アクションに重きをおいた筋立てで(多分、読者を意識してのことだろう)あり、個人的には面白く読めなかったため、血気盛んな若者はその旨を手紙に書いて送った(はず)。しかし、自分でも書いてるそばから自分の論理や主張が破綻していることに気づき、なんだか捨鉢な気持ちになっていったのを覚えている。悩み多き若者だったのだ。

 その後『神獣聖戦 perfect edition』が刊行され、世界観の補強が施され、シリーズとしては終了し、そこで私の山田正紀熱も終了している。

 壮大なSF設定はもとより、山田正紀のすごいところは、そのストーリーテリング(物語の進行の仕方)であろう。読ませる技術・テクニックは、浅学な私でもすごいなあと思う。その筋立てを理解でき、続きを読みたい、と思わせる表現力がある。それを学ぶために、今後も山田正紀を読む事はあると思う。というか、もっとこの『神獣聖戦』を評価して下さい!


 『ここから先は何もない』。この本の内容について言うと、主人公が最後に超人工知能を脅かすアイディア、これは『三体』の三体星人を外宇宙の生命体に通報する、と恐喝したくだりと似ていないか(ネタバレですな)。人知の及ばぬ神のような者たちに対しても、その関係性という突破口で力学は動く、ということとして、教訓として受け止めさせていただきます。

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