読書ノート 「エクリチュールの零度」 ロラン・バルト 森本和夫・林好雄訳
心身とも疲れているなか、癒しのひとつとして、この著作の訳注を書き記す。復活の契機になるんだなあこれが。
【エクリチュール】 書く(エクリール)という動詞に対する名詞で、一般的には、書かれたもの(文字)、書き方(書法)、書くという行為を意味する。ソシュールにおいては、言語体(ラング)を表記する記号体系。
バルトはこの著作では、文学的現実を解読する新たな概念装置としてこの語を用いている。すなわち、同時代作家に共通する規則や監修の集合体である言語体(ラング)と、著作家の身体や過去の個人的神話から生じる文体のあいだにある、文学のもう一つの形式的現実をエクリチュールと呼ぶ。
エクリチュールは、人間的な行動の選択であり、歴史に対する著作家のアンガージュマンの場なのである。
【アンガージュマン】 具体的状況のなかに置かれた人間、特に知識人、芸術家が、そうした状況を傍観したり甘受したりすることなく、積極的に社会、歴史、存在に参与しようとすること。社会参加、責任敢取、自己拘束、はっきりとした社会的立場をとることなどと訳される。アンガージュ(参与する)はその動詞。
【エートス】 習俗を通して獲得される人間の性格、習性。道徳的気風。
【バルザック】 『人間喜劇』は「風俗研究」(『シャベール大佐』『ウージェニー・グランデ』『谷間の百合』『幻滅』『浮かれ女盛衰記』など)、「哲学的研究」(『あら皮』『ルイ・ランベール』『絶対の研究』『セラフィータ』『知られざる傑作』など)、「分析的研究」(『結婚の生理学』)の三部からなり、これによって同時代の社会の全体像を描き出そうと試みた。
【円現(エンテレケイア)】 可能態としての質量が、形相として現実化された完全な状態。アリストテレス哲学の用語。大理石の塊が、芸術家の手で石像になった時、それを「円現」するという。
【インターナショナリズムとコスモポリタニズム】 国際主義と世界主義。国際主義は人民間、諸国間の連帯と発展を推奨する。世界主義は国家を拒絶し、自らを世界市民と言明する者たちの精神と行動を表すが、帝国主義段階においては、侵略と抑圧を隠蔽するもので、民族自決を妨げるものとして弾圧された(トロツキーの主張する国際主義は「世界主義」だとされ、スターリンらソヴィエト共産党主流派から迫害された)。
【レフ・トロツキー】 本名は「レフ・ダヴィットヴィッチ・ブロンシテイン」で、「トロツキー」は、流刑地から脱走してイギリスに亡命したときに、看守の名前で偽造パスポート作った、その時の名前。
【疎外】 「人間や社会集団を自然あるいは支配階級に隷属させる、恒久的(ヘーゲル)または歴史的(マルクス)要因の圧力のもとで、人間や社会集団が被る自由と基本的人権の剥奪」(『フランス語宝典』)サルトルは、マルクス主義的疎外分析を批判的に継承して、人間的現実(現存在)の根源的な自由を基礎とする実存主義的な立場から、とりわけ『弁証法的理性批判』によって、「疎外から開放へ」という倫理思想の確立を企てた。
【神話】 「神話とは非政治化された語りである」(バルト)
【語】 「すべての語は、消滅する前に、遠く離れて、あるいは偶然のようにはすかいに提示されて、互いの輝きをすばやく交わし合うのである」(バルト)
【棲家】 「言葉は、存在の家である。言葉による住まいのうちに、人間は住むのである」(マルティン・ハイデッガー『ヒューマニズムについて』)