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連載小説【夢幻世界へ】 2−10 聖覚者

【2−10】



 高弁は、川のほとりの大きな樹の下に辿り着いた。

 そこには褐色の肌を持つ男が興奮して立っていた。彼は自らの意識の高まりを感じて慄いていた。いままで考えたことがなかったような新しい思索的視野が開け、風景が一変するような新鮮な感覚に襲われていた。そのことに興奮していた。目は見えていたが、今までより更に見えるような気がし、震えていた。

 高弁は緊張し、そして安堵もした。

「それで。なにかわかりましたか」

「ああ。ああ。僕は目覚めた。僕は世界の不可思議を全て理解した。これが、悟りというものだろう。僕は悟った。開覚したんだ」

「よかった。それはよかったです。私もあなたの遠い従者として、嬉しいです」

「従者と。私に従者はいないが」

「いやあ、これからあなたには何千何万、数え切れない従者が生まれるのです」

「僕は目覚めたことに満足している。それだけだ。それ以上はいまはなにも求めない」

「あなたが得た聖覚は、ひとに取って大変貴重なものです。古代から数え、第七世界を巡り、この世代でも目覚めるものはそうそういない。そしてこの次の世代でも、目覚めるものは見いだせない。少なくとも私はあなた以外に目覚めたものは三人しか知らない。いまここで、あなたがするべきことは、あなたの知恵を数多の人々に伝え、生きていくことではありませんか。そうした行いをしてはいただけないでしょうか?」

「僕にそんなことは無理だ」

 22が言った。

「こんな軟弱者、駄目なんじゃない、先生」

 彼女1がたしなめる。

「だめよ、あきらめちゃ」

「まだ、自分自身の力に自覚がないんだよ。もう少し近くにいて、説得しよう」高弁=彼が呟く。

「誰と喋っているのだ。とにかく僕は、いまは悟りを得たばかりで、満足なんだ。それだけだ」

彼女122は綾取りをして遊んでいる。高弁=彼はふうっと溜息をつき、更に話す。


「ゴーダマ、いや仏陀よ。もう君は仏陀なのだから、よくよく考えることをすすめる。

 この世界を理解したのなら、我々が何者かも分かるはずだ。

 我々はこの世界の生き物であってこの世界の生き物ではない。

 しかし世界の行く末には気を揉んでいる。

 鍵を持っているのはいまや私ではなく君なんだ。

 それを機能させるかどうかは、君の意志にかかっている。

 時空間の構造を理解し、人のこころの仕組みを理解し、世界のあるべき姿を理解したのなら、私たちの示すところも分かるはずだ。

 ある次元では、今は危機だ。

 ある次元では、平安がある。

 ある次元では、溶解している。

 ある次元では、狙われている。

 この次元では、君は仏陀だが、ある次元では、存在していない。

 それがどういうことか、理解しているはず。だから君は聖覚者になった。

 やるべきことを、絞り出せ。

 やるべきことは、わかるだろう

 

 みずからの、あるべき様は何だ?」



 男は興奮して喋りだす。何故あなたはそんなことを知っているのか、私の悟りを知っているのか、空の境地に入る実践としての中道と八正道、慈悲については斯々然々かくかくしかじかで、これはこれ、だからこう、何故なら、すなわち、とてつもなく、でもこんなに、それにもまして……

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