街角のカフカ #5

自室から流れてくるラジオの声を聞きながら物干し縄を伸ばして洗濯物を干した。下の運河を見下ろせば煙を巻く船頭が下っていっていた。
「快晴。今日は素晴らしい快晴です。中央通りもいつにも増した賑わい…」

ラジオの漣に耳を澄ませると下の花屋で主人が高らかに笑う声が聞こえた。
廊下を横切って、階段から少し覗くと若夫婦が主人と談笑していた。
「あれ、なんて花ですの?」
大きな窓に顔を出した真っ白な花を白い帽子に白いワンピースの婦人が指さした。
「あれはガーディニア、綺麗でしょう。隣の島の花農家から種を頂いたんですよ。」
主人の自慢気な声に若夫婦はまあと声をあげた。

明日この街で式を、丸眼鏡を掛けた紳士は淑女に寄り添ってそう呟いた。
二人が瞳を合わせている。主人は、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、そうだったんですか。それにしても奥さん素晴らしいですね、ガーディニアの花言葉は「幸せ」なのですよ。」
夫婦と主人が窓の方を向いて静かに笑いだした。
「私達、あの花をもらっても良いですか。」
「もちろんですよ。式の花はもっと沢山必要でしょう、他にもご案内しますよ。
レモ。」 
主人がカウンターから高らかに呼びかけた。
「はい、ただいま。」
私はわざと少し時間をかけてから階段を降りて伝票を受け取った。主人は、私の耳元で声をすませると
「聞いていたんだろう、レモ、いつもより沢山採ってきておくれ。」
私に一枚の伝票を渡した。
私は顔が熱くなって後ろを振り向きもせずに庭へと駆けていった。

明日の早朝、式の会場に大量の花を届ける約束をして夫婦は去っていった。
その手には私の摘んだ花が目一杯抱えられていて、奥さんの格好によく合っていた。

「明日も快晴みたいですよ。」
主人に紅茶を出しながら言った。主人は鼻歌に混ぜながら
「素晴らしい。」
と高らかに歌った。そうだ、菓子折りも渡そうか、と主人は立ち上がると大きな足音を立てて階段を降りていき
「私は菓子屋に行ってくるよ。
しばらく店番頼んだよ、レモ」
大きく返事をして、客が来るまでの間、ラジオのつまみを最大まで引き上げて
そこから聴こえてくる誰かのソロピアノを聴いていた。

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