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貼り付けの笑顔

駅前の開けたロータリーに新500円玉を模した着ぐるみのマスコットキャラクターみたいな奴が居たのですかさず写真に収め、そのままの流れで画像検索や「造幣局 マスコット」などと一通り調べてみたが1件もヒットしなかった。新500円玉のマスコットはシャッターの音に耳ざとく反応し無言のまま可愛らしいデザインでプリントされた笑顔をこちらに向けて少し首を傾げた。いや、頭から膝辺りまでが巨大な硬貨の形状であった為、正確には身体全体を大きく右に傾けた形か。街灯の明かりがやけに光沢感のある顔全面に反射し、500や令和などの文字をきらきらと浮かび上がらせてはちらちらと鬱陶しく視界を横切ってくる。新500円玉は先程から側面からひょっこり飛び出た黄色い腕をばたつかせてしきりにこちらに手を振っている。目を凝らすと、手のひらには「2000円札の回収、承ります」と真っ黒な太いポップ体で印字されていた。流石に意味が分からない。しばらく眺めていたが、とうとう話しかけようと近くに寄ると新500円玉はビクッと過剰に身動いで私の背後を指さして後ずさった。指された方を振り返ると自宅のある方角から猛烈な火の手が上がっており夜空がオレンジ色に染められていた。不健康そうな黒煙がもうもうと湧き上がっている。あろうことか背後を行き交うあらゆる緊急車両のけたたましいサイレンに今この時まで気付かずにいた自分にもその時初めて気付き驚いた。急いで走り出そうとしたのだが、身体が硬直し手足の可動範囲が極端に狭まっており、どうにも走りづらい。嫌な予感と共にふと見るとガラス張りのビルの壁面には新500円玉の着ぐるみを着た自分の姿が映っていた。遠くでまた大きな爆発が起きたのが見て取れるのだが、着ぐるみの中にはぼんやりとくぐもった低音だけが反響し、きりきりと痛む腹を底の方から揺らすばかりだった。

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