大衆社会を生み出したフォード
こんにちは。なかむらともやです。
今日の18時に安倍首相か会見を開き、コロナの対策について説明していました。
会見によると、リーマンショックの時より状況は悪いようです。
今朝、スーパーでも早い時間に行ったにもかかわらず、お米やトイレットペーパーは品切れでした。
週明けにも何かありそうな予感がします。
さて今日は、大衆社会をつくったヘンリー・フォードについて書きたいと思います。
前回は効率化を科学的管理法という形で最初に用いたフレデリック・テイラーを書きました。
テイラーの科学的管理法とは画期的な方法でしたが、従業員への手当てが杜撰過ぎました。
テイラーは従業員こそ最大の資産と思っていたのに、それが他の経営者には理解されずに科学的管理法を使われてしまっていました。
フォードは経営者としては「より多くの賃金を従業員に払うべき」という従業員への手当てを重視した方法を取り、テイラーの意思を引き継ぎました。
フォードの簡単な紹介をします。
彼は16歳で見習い機械工として働き始め、1896年に自動車を作り始めます。
当時の自動車というのは現在で言うプライベットジェト機のようなもので、なかなか一般の人には手に入らないような代物でした。
その状態をフォードはT型フォードと言う一般に人にも変えるようなモデルを開発し、爆発的に売りました。
一般の人はこのT型フォードを買って比較的安価で、馬の10倍も走ることのできる「足」を手に入れました。
これがフォードが大衆社会をつくったと言われる所以です。
このT型フォードを作るにあたり、フォードはテイラーの科学的管理法にプラスして「徹底した分業化」と「流れ作業」を取り入れました。
分業化で言うと、例えば車の車輪を本体につけるだけの作業をやる人など、単純作業を分割しました。
それをベルトコンベアなどでつなぎ作業を滞りなくできるような環境を作りました。これが流れ作業です。
作業員はこれらをするだけで日給5ドル(当時だとかなり高給)をもらえました。
普通に暮らせるだけの給料はもらえていました。フォードは従業員への手当てはしっかりしていたと言えます。
こうみると、従業員への手当ても十分だし、テイラーの意思を見事にやってのけたように見えますが、実は全く違いました。
T型フォード生産工場に働くことになった多くの新人社員は試用期間だけで工場を立ち去ってしまったのです!
なぜ決して悪くない給料をもらえるのにこのようなことが起きてしまったのか?
それは単純作業が地獄だったからです。
例えば先ほど挙げた車輪を本体にはめる作業。
これは4秒で1回分できる作業です。これを1日8時間やると約7000回やることができます。
私なら10分で飽きると思います笑
これをずーっとやり続けるには鋼の我慢強さがないとできないです。その精神への対価として高めの給料が払われていたと言うことになります。
結局フォードもテイラーの目指す人間味ある従業員を生み出すことは出来なかったのです。
次回はこれらを克服し、従業員を社会的存在として雇ったエルトン・メイヨーという人物について紹介したいと思います。
読んでいただきありがとうございました。
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