恋人

今日、初めての恋人ができた
何も持っていなかった私を、彼は一番だと言ってくれた
彼といると毎日が幸せで、空っぽの私は満たされていった

ある時、彼が事故に遭った
「もう歩くことはできないだろう」と医者は言った
悲しむ顔を笑わせたくて、私は彼に足をあげた

両足を切断した
歩けなくなった私を、彼は生涯守ると言った
出掛けることは難しくなったけれど、それでも私は嬉しかった

ある時、彼が怪我をした
「もう肩から先は動かないだろう」と医者は言った
悲しむ顔を笑わせたくて、私は彼に腕をあげた

両腕を切断した
手を繋げなくなった私を、彼は毎日抱き締めると言った
触れられるものは減ったけれど、それでも私は嬉しかった

ある時、彼が病気になった
「もう一年ももたないだろう」と医者は言った
悲しむ顔を笑わせたくて、私は彼に身体をあげた

首から下を切断した
頭だけになった私を、彼は笑顔が素敵だと言った
少し痛みは残ったけれど、それでも私は嬉しかった

ある時、彼が知らない女性を連れていた
「考えすぎだろう」と医者は言った
彼と話したかったけれど、私はもう一人で部屋から出ることすらできなかった

やがて私は独りになった

ある時、男が一人部屋に来た
男はアパートの大家だった
長らく出入りのなくなった部屋を不審に思い、こうして様子を見に来たらしい
彼は首だけになった私を見て、随分驚いた様子だった
私はこれまでのあらましを話した
彼は黙って聞いていた

話があらかた終わると、彼は静かに口を開いた
「自身の全てを捧げた貴女は、きっと世界で一番優しい心をお持ちです」
たった一言で、空っぽの私は満たされていった
何も持っていない私を、彼は一番だと言ってくれた

今日、初めての恋人ができた

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