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200612 市民権の販売は小島嶼開発途上国をどう変えるのか ソロモン諸島で進む中国資本の利権拡大


 小島嶼開発途上国であるソロモン諸島は、自然災害への脆弱性や国際貿易への依存などが開発における長年の課題になっている。そんな中、ソロモン諸島政府は昨年10月より、外国資本の獲得を視野に市民権の販売を開始した。開発資金の獲得につながる一方で、天然資源や軍事の利権争いにつながる恐れがあると安保専門家が警鐘を鳴らしている。

 市民権がもたらすマネーパワー

 ソロモン諸島をはじめとするメラネシア地域の島嶼国において、市民権の販売を行うことは決して新しい挑戦ではない。トンガやマーシャル諸島、ナウルでは1980年代から開発資金の獲得を目的に市民権の販売を行ってきた歴史がある。最近ではバヌアツが販売を開始し、主に中国やオーストラリアより開発資金を獲得している。

一般的に市民権の獲得には不動産や国土開発への投資の義務があり、その額は国によって異なるが数千万円規模である。小島嶼国にとってはGDPの10%から30%を占める大きな収入となっており、経済的なメリットはとても大きい。

 ソロモン諸島の場合は市民権販売開始の直後にすぐに動きがみられた。中国がソロモン諸島との国交を樹立し、中国資本の森田企業集団公司がツラギ島の75年間の租借権を獲得したのだ。島内の開発のためにおよそ10兆円の投資を行う準備があるという。市民権の獲得が可能になることで、このような大規模な開発が可能となっている。

 ヨーロッパやアメリカの小島嶼国では、裕福な移民・難民が新たな経済基盤を築くために市民権を購入するケースが多い。しかし開発が遅れている太平洋地域の小島嶼国では、これらのケースのように市民権所得は定住ではなくビジネス・政治色の強い目的で利用されるケースが多いのが現状だ。

小島嶼国が抱える経済の脆弱性

 一般的に小島嶼国は開発に対して非常に脆弱だ。人口が少なく資源に乏しいことで市場規模が非常に小さくなることや、貿易に依存しているにもかかわらず他国から距離があることで輸送・通信のコストがかかることが主な要因になっている。

 また近年では地球温暖化による海面上昇の危険性や自然災害の脅威にもさらされている。元々インフラ構築・維持にコストがかかる上に自然災害からの復旧費用がかさむことで、行政は難しいやりくりをせざるを得ない状況だ。

 美しい海を生かした観光産業はソロモン諸島をはじめとする太平洋地域の島嶼国の主要産業だが、今日のコロナウイルス感染拡大によって需要が大幅に低下した。このような背景もあり、開発資金の獲得に対してさらに前のめりになっていくことが予想されると豪グリフィス大学のフォッセン博士は語った。

利権が争われた歴史

 この流れに対して、アメリカやオーストラリアなどの欧米諸国が強い警戒を抱いているのだが、それには大きな理由がある。ソロモン諸島は地理的に非常に重要な場所に位置しており、歴史の中で多くの争いの中心地となってきたからだ。

 ソロモン諸島の首都ホニアラがあるのは、ガダルカナル島。日本とアメリカが争った太平洋戦争の激戦地だ。1942年から43年にかけての戦闘で、日本軍は2万人(上陸者の3分の2)、アメリカ軍は7千人の戦死者を出した。島内や周辺の海底には1000以上の多くの戦闘機や戦艦が眠っており、激戦の跡が今でもうかがえる。

 戦闘の終盤には日本軍が補給路を断たれて餓死者と病死者が続出し、死者のうちの4分の3が実際の戦闘以外で命を落とした。その時の遺骨や遺品は現在もなお島内の住民によって新たに発見されている。毎年日本からはソロモン会という戦死者の家族や生存者からなる組織が現地に渡航し、遺物の収集と供養塔への祈りをささげている。

 ガダルカナル島はオーストラリア・ニュージーランド・サイパンやグアムなどのアメリカ領のほぼ中心部に位置し、物資や資源の補給路の要地になっている。それに加えて豊富な海底資源を有しているのも大きい。そのため軍事戦略上の要点と認識されてきたのだ。

 今回の中国企業におけるツルギ島の買収は島内の開発が目的であり、軍事的な意図はないとされている。しかし空港や港の構築や資源確保が容易に行うことは制度上可能だ。そのため一帯一路政策を旗印に太平洋地域への影響力拡大が目立つ中国に対して、欧米諸国が行動を注視している。

 関わっているステークホルダーによって異なる思惑や利害が交錯する国際政治において、市民権販売の是非は今後議論を重ね状況をコントロールしていく必要のある重要なトピックの1つだ。

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