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フェイク

フェイク
髙陽

雑多な人間の息が蔓延し燻っている駅の中。俺は一人で恋人を待っていた。
本音を言えば、こんな人も空気も滞っている場所に長くいたくはない。何度も、何度も時計と運行掲示板を見比べる。
そこには、人身事故の影響で電車が遅れる旨が書かれていた。
思わず舌打ちが出てしまう。
と、その時電話が鳴った。液晶には、恋人の名前が出ている。
俺は、ゆっくりと苛々を悟られぬよう意識して、電話に出た。
「もしもし。どうした」
「ごめん、ごめん。今電車が止まっちゃってて、まだ動きそうにないんだよね。悪いんだけど最寄りの駅まで迎えに来てくれないかな?」
彼女にしては、珍しい頼みごとだと思ったが、とにかく今はここから出ることが先決だ。
そう思い、返事をしようとした時、改札の向こうから、彼女が焦ったような表情で走ってきた。
思考が、一瞬止まる。
その間にも、向こうから口パクでごめんと繰り返す彼女が小走りでやってきており、電話口の彼女は、もしもしと繰り返している。
どうなっている?
どういうことだ?

「お前、誰だ?」

そう聞くと、男のものとも、女のものとも分からない不気味な声で、大きく舌打ちをしてから電話が切れた。
俺の目の前まで来た彼女が何やら謝っているが 言葉は入ってこなかった。

それ以来、謎の電話は来ないが、あの時の相手は誰だったのか。
相手の言う通りの場所に向かっていたら、どうなっていたのか。
今となっては、分からないままだ。

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