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【王ステ二次創作】The Lady dreams in the Dream.1

 お話のはじまり

 時は19世紀末、英国ロンドン。ヴラドとヴィンツェルはロンドン内に居を構え、活発な市民運動で坩堝のように様相を変えていく市街地の様子がよく見えるアパルトマンに住み、市民に呈した姿で、だが市民よりやや裕福な程度の家具等を揃えて多少の商いをしながら永い歴史の変遷を観測してきた。
 小国といえども、一国の王子であり王であったマリアタに市民に扮させる等とヴィンツェルが許すはずもないが、主人直々に「老いない貴族が社交界に跋扈してみろ。獣ののような諸侯貴族に格好の餌食にされるぞ。必要な折に誰かに成り代わり都合のいい情報や交渉ができれば世を動かせる」と言われてしまっては、従者としてそれ以上のことは言えず、主の動向に目を離さずにいることしかできなかった。
 近年の歴史の変動は蠢く大地のように力強く、ヴィンツェルには一時の仏革命のように小市民の集団の暴力を感じるほどの激しさを見せた。(終ぞただの市民がここまでの力を得ることになろうとは、また世の力関係も永きに渡る貴族社会とは変わってくるかもしれませんね…)と素知らぬ顔をして新聞に視線を落としつつ、シュプレヒコールが響く大路地をアパルトマンから見下ろしながらさも変わらぬ日常のように眺める。

 主はといえば、開発された蓄音機から響くオーケストラの音を聴き、ヴィンツェルの淹れた紅茶を嗜んでいる。文明の利器はヴラドの趣向を前向きに変えた。血なまぐさい14世紀に比べ、現在は人々が余暇と呼べる時間を楽しめる物が増えた。チェスは変わらずヴラドの趣味ではあったが、相手もおらず(ヴィンツェルを相手にしても大概わざと負けてしまう)、元々探求家であり勤勉であったヴラドには、有り余るほどの時間はただひたすらに退屈でしかなかった。
 その中に颯爽と登場したのが演劇やオペラなどのドラマと言われるものである。それらは16世紀には登場してきたので、ヴラドは時に足繁く通った。中でも悲劇を好み、シェイクスピアの悲劇が生まれると、どこからかその情報を手に入れ、ヴィンツェルに観に行きたいと話すほどだった。(その度にヴィンツェルはあらゆる手段を用いて主人に最良の席を用意した)
 そして、蓄音機が開発されるとヴラドはどこからかその話を耳にし、「オペラが聞けるからくりのある機械があるらしい」とヴィンツェルに話し、遠回しにねだった。ヴィンツェルがこの主人にとことん甘いことをヴラドは知っているのだろう。さて…、と少なくない額の金を作り、蓄音機を下男二人がかりにに抱えさせて戻ったときは久しぶりに晴れやかな目をした主人を目の当たりにした。


「………退屈だ」

 蓄音機から流れる音楽に耳を傾けているかと思いきや、ヴラドは退屈していたようだ。身を沈めるソファに黒のベストと黒のズボン、黒のブーツ姿で背もたれに頭を傾げ、天井を仰いだ。
 傾けたせいで多少髪がソファの背もたれで乱れるが、気にする様子もなく、何百年も続く青年期を過ごす主人を見慣れたヴィンツェルだが、気怠げな様子は未だ美しく感じる。

「…おや、退屈ですか」
「有り余る時間を持て余している。退屈で死にそうだ」
「退屈は不死も殺せますかね」

 ヴィンツェルは主人の冗談に口角を上げて、いつの間にかサイドテーブルの盆の上に置かれた空のティーカップに紅茶を注ぐ。
 ヴラドはヴィンツェルが窓際に置いた新聞を横目に、「何か面白い事件はなかったのか」とため息交じりに眠たげに尋ねた。

「そうですね…」

 ヴィンツェルは新聞の端に小さく載っていた噂話欄を思い出す。

「ただの噂に過ぎませんが、ロンドンのハイゲイト墓地に夜な夜なすすり泣くうら若い少女の霊が出るそうですよ」

「…ほう。亡霊の類は久しぶりだな」

 ヴラドは視線をヴィンツェルに移すも、背もたれに頭を預けたまま、口角を上げる。居室で整髪料もつけずに寛ぐ主の髪は、それだけでサラサラと揺れる。

「そのアリスは黒い兎にでも捕まったのか。死んでから彷徨うなど虚しかろうに」

「マッド・ハッターとして拐かしにでも行かれるのですか?」

「ハートの女王に首をはねられるよりはましだろう?」

「そうですね。白い司祭に退治される前に我々ともしばしお茶の時間くらい楽しんでいただきたいものです」

「では三月うさぎ、日暮れに起こしてくれたまえ」

 ヴラドは宣(のたま)うと、注がれた紅茶を飲み干して、寝室へと向かう。ヴィンツェルは軽く礼をして姿を送り、寝室の扉の閉まるパタンという音を聞いてから頭を上げ、ティーポットとカップを片付け始めた。


 今夜は新月。暗闇しかない夜に墓荒らしなど、悪魔のような所業に胸が踊った。



つづく。

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