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ねじれた魔法を解く方法 13

 「はあ…心理のテスト…」
 ぽかん、と私は不思議そうに首を傾げた。
「あなたの中には女性の交代人格が居ると伺っています。幼少期の虐待のトラウマから発生しているものの可能性も配慮して、事件当時に判断能力や計画性があったものかを調べます。」
 淡々と白衣を着た女医が説明する。
「はぁ…」
「北原さん、今までの病歴は?」
「特にありません。」
「北原さん、これまで精神科への受診は?」
「いや、不便を感じてこなかったのでありません」
「トイレ等間違えたことは?」
「ありません。体の性は私も男性とわかっています」
「そうですか。今は女性の方?」
「そうです」
 少し驚きながら淡々と答えていく。
「生い立ちについて、話せる?」
「はぁ…ざっとでいいなら…」
 気分はモルモットで、意味があるのかないのかわからないけど根掘り葉掘り私やダイチ、親のことについて訊いてくる。

 「主にあなたに暴力を働いていたのはお父さん?」
「……まぁ。殴る蹴る包丁を向ける、冷水を浴びせる、食事を与えない、金を巻き上げる、タバコの火を押し付ける…………くらいですかね。私はそんな程度です。」
「そんな程度とは?」
「……………もっと酷い子も居ますから」

 女医が机上の問診票を見る。
「児童養護施設職員なのね」
「今見たんですか?」
「ごめんなさい」
 私が目を鋭くすると、コホンと咳をして女医が居住まいを正す。
「あなたの中にはその、ユキさんしかいないの?」
「そうです。」
「他にできていなくなった人格は?」
「居ません。ダイチを守ってきたのは私です。」
「暴力を受けるのはあなた?」
「そうです」
「どうして?」
「私はダイチを守るために生まれてきたからです」
「逃げたいと思ったことは?」
「ありません」
「お父さんを憎いと思ったことは?」
「常にです」
「お母さんを憎いと思ったことは?」
「興味ありません。私を捨てて逃げた人ですから。」
「ダイチさんをどう思いますか?」
「私の分身です。」
「今、ダイチさんになれますか?」
「……何か?」
「ダイチさん?」
「そうです」
「少しお話しても?」
「どうぞ」
「生い立ちはユキさんから伺いました」
「はぁ」
「話の内容は覚えてらっしゃいますか?」
「分かります」
「全て?」
「はい。それが何か?」
「いいえ。そして、今いくつか質問させていただいていました」
「はい、覚えています。ぼくも同じ見解です」
「他に交代されてる方はいらっしゃる?」
「いません」
「…………………」
「…………………何か?」
「いいえ。これで診察は終わりです。しばらく時間がかかりますが、診断が出ると思います」
「そうですか」

 この形式的な診察で、何が分かるんだ。
 この短時間で、今まで生きたこの人生の何が…………。
 だから診察を勧められても受ける気にはなれなかった。
 形式的に聞かれて、勝手な判断をされる。
 私とダイチの何が分かるの。
 私達、二人しか居なかった。
 ダイチの隣りに私が居なかったら、この子もっと苦しんでた。
 帰り支度を終えて去っていく女医を見ながら、睨みつけた。



「あなたは、今ユキさん?ダイチさん?」
「ユキです」
「…………そうなの。……………もうすぐ、春が来るかしら」
「…え?次は秋ですよ。」
「……………そうよね。次は秋よね。馬鹿なことを言ったわ。」
「…サヨウナラ?」
「…それでは。また、困ったことがあったら、いつでも診察するから…」

 女医は名刺を机に置いて部屋を出ていった。


「……………春…」




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