苦手と得意と幸せって、なんだかごちゃっと絡み合ってない?!
私の母は「闘え!」「勝つんだ!」という昭和のボクシング漫画の父親を彷彿させるタイプで、幼い頃の私は、これを座右の銘とばかりに自分に言い聞かせ、奮い立たせていた。
しかし私は、今流行りのクリフトンストレングス診断※では「競争性」は下位の下位になる。
誰かが闘いを挑んできたら、「良かったらお先、どうぞ」と、道をあけてしまう。
闘いものがそもそも好きではない。
そして、なんちゃら診断では必ず「内向型」と 診断される。
内向型と聞くと、おしゃべりでは聞き役で、うつむき加減のシャイな人をイメージするかもしれないが、私は接客業を長くしていて、それが全く苦になっていないので、いつでもどこでもうつむき加減のシャイな人ではない。
私の内向型気質を分かりやすく言語化すると、こうなる。
「美味しいものは一人で食べたい!」
美味しいものはみんなで美味しいねと言いながら食べてこそ。
そんな風に思う人が大半だということは知っている。
美味しいものだけではない。
大好きなピアニストのコンサートも一人で行きたい
大事な映画は一人で観たい
この辺になってきたら共感してくれる仲間が少しいた。
五感で味わうもの、私はひとまず一人でないとうまく味わえないのだ。
一人で来て食べた時、とっても美味しいと思ったからお友達を連れてきたのに、「あれ?」と思うことは一度や二度ではない。
一人でないと没頭出来ないのだ。
そんな内向型の私が、母の「闘え!勝つんだ!」をエール?に、幼い頃に目指したのが、ピアニストだった。
バロック音楽に魅了された二歳の私は、レコードの音に合わせてひたすら創作ダンスを踊り続けていた。
そんな姿を見ていた両親は、三歳になった私にピアノとバレエを習わせてくれた。
元来コツコツ型の私は、毎日お稽古をするような習い事は得意?だった。
母の叱咤激励の叱咤の部分に後押しされながら、10歳の頃には観客席から「ブラボー」と叫んで貰える演奏が出来るようになっていた。
これこそ私の得意なことなのだ、そう思っていた。
ところが、大学で音楽を専攻し、競うように演奏する環境の中で、私は次第にピアノを楽しめなくなっていった。
ちょっと現在の私の読書に似ている。
あんなに夢中で本を読んでいた時代があったのに、本に付箋をつけるようになった頃から、私は若干読書を楽しめなくなっている。
人前で弾くためのピアノ、試験のために弾くピアノ。
幼い頃、音の海に浮かびながら、無心で弾いていた没入感をその頃には失っていた。
いつしか大学の中では、ピアノを弾くことが 「苦手なこと」のように感じるようになる。
27歳で地元を離れ、母の元を去った瞬間、私はピアノをやめた。
子育て中、ほとんど音楽を聴かなかった。聴きたいとも思わなかった。
20年以上一度も鍵盤に触れなかった。
好きだったことが苦手なことのように思え、そして、そこに費やした青春というにはあまりに長い時間を、私は手放した。
そんな経験から、「サッカー選手になりたい!」と次男が言った時、
「サッカーはさ、ずっと楽しんでいく為にも、あなたの人生を彩るアイテムの一つくらいに考えてみたら?」と、伝えてきた。
彼は高校進学の時にサッカー選手になる夢を諦め、そして今も楽しくサッカーを続けている。
何が正解かはわからない。
確かに得意なことで、幼心に迸る感動があった音楽の世界。
自分が表現者としては、今そこにはいない。
でも私は、長く距離を置いていたその音楽の世界に、理想のピアニストを見つけた。
彼の演奏を生で聴くことが出来る、同じ時代を生きれる幸せを、今噛みしめている。
時間はかかった、けれど、とても素敵な処に辿りつけた。
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