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第五回「初恋物語」(前編)(2014年4月号より本文のみ再録)

 今回取り上げる『初恋物語』は、百を優に超える梶原一騎作品において知名度ではややマニアックな部類といえる。しかし、連載期間(80~81年)に多感な思春期を過ごし、恋愛のノウハウをメディアから学んでいた昭和40年男にとっては、思い出深い一作である。そこで今回は『初恋物語』について語っていこう!

※『初恋物語』作品データとあらすじ


ラブコメマンガ全盛に苦戦した時代

 『初恋物語』が週刊少年マガジンに連載された時代は、ラブコメマンガが少年誌の主流を占めており、全盛期を迎えていた。その火付け役と言われる『翔んだカップル』(週刊少年マガジン/画・柳沢きみお)をはじめ、『うる星やつら』(週刊少年サンデー/画・高橋留美子)、『みゆき』(少年ビックコミック/画・あだち充)、『ときめきのジン』(週刊少年キング/画・村生ミオ)など、どの少年誌にも必ず連載されていた人気ジャンルだった。
 こうしたラブコメブームと前後して、それまで主流を占めていた努力や根性といった汗臭い熱血要素は次第に読者から支持されなくなり、かつて時代の寵児であった劇画原作界の大御所・梶原一騎もヒット作に恵まれず往時の勢いを失いかけていた。一方で格闘技の興行や映画製作の仕事に手を広げては、それにのめり込んでいく。マンガ原作も引き受けてはいたが前述の業務も多忙を極めており、よい作品を生み出せる状態とは程遠かったといえるだろう。
 そんななか、これまで『巨人の星』『あしたのジョー』『空手バカ一代』『愛と誠』と、次々にヒットを飛ばしてきた梶原のホームグランドであるマガジンに数年のブランクを経て連載された作品こそ、この『初恋物語』であった。

恋愛をマンガから学んでいた頃に出会った異色作

 異性に対する❝好き❞という感情が、どう発展し展開していくのか。情報も実体験も乏しい、この時期に多感な思春期に突入した昭和40年男たちにとって、恋愛マンガはそのノウハウを学ぶ格好の教科書であった。筆者も多分に漏れず、前記した作品を含め数多のマンガをむさぼり読んでは、描かれている恋愛成就に至るロマンチックなプロセスに酔いしれ、登場するヒロインに当時好きだったクラスメイトを重ねては疑似恋愛に浸っていた。こういう経験に共感してくれる昭和40年男諸君は多いはずだ。
 しかし『初恋物語』は、そうした妄想に「恋愛とはそんなに甘いものじゃない!」と冷水を浴びせてくるような作品だった。
 好きという感情の裏側にある嫉妬や憎悪、性への興味といった部分も赤裸々に描き出したストーリーは、読んでいて自身の胸の内にいつしか芽生えていたが隠したい心理状況を正面から突きつけられるような印象を受けた。筆者は自身の初恋の成就のために苦悩しつつ悲劇の道を進む主人公の姿に、他のラブコメマンガにはない❝恋愛の現実❞を見ていたのかもしれない。
 当時少年誌を席巻するラブコメに対するアンチテーゼ。それが梶原が読者に伝えたかったテーマだったのかもしれない。

無様だが憎めない主人公 友也への感情移入

 それまでの梶原マンガの主人公たちと異なり、高杉友也はヒーロー然としていない。学校の中ではワルぶってるだけで、喧嘩も特に強いでもない。マラソンにおいても天性の素質と呼べるような才能など持っていないばかりか、好きな娘と一緒にいたいからという不純な理由で始めたにすぎない。一方、作品をとおして恋の対象者でヒロイン・栗原珠恵は、容姿にもマラソンの才能にも恵まれている、友也は彼女に何ひとつかなわないという情けない主人公であった。
 しかし、恋する相手に対して優位に立てない劣等感に苛まれ苦悩する姿には感情移入できた。特に自身のモノロ―グとして語られる台詞は等身大の心理描写として共感できるものだった。
 一例を紹介しよう。珠恵と共に二人だけで東京の高校に受験に行った宿泊先。部屋が隣同士となりご機嫌な友也の台詞。「わたしたちは一受験生…わたしたちのタクシーの順番…わたしたちも戦いぬく…さっきから珠恵が口にするわたしたちって一心同体のムードがまたゴキゲンなんだよな」
 
珠恵の家で二人きりになるも、テレビのマラソン中継に夢中の彼女にふて腐れる。がほんの一言で豹変。「いままで高杉くんと同級生あつかいだった珠恵が、はじめて友也くんと呼んだ…。さもなきゃ、おれは帰っちまったとこだ。しっかし恋してるときってのは、ほんのこまかいことに怒ったり喜んだり、いそがしいこったぜ」
 
今考えてみれば、連載当時の梶原は40代半ばである。30歳も年下の少年読者に向けて、こうした恋愛感情の機敏を巧みに表現してしまうところに、あらためて感心してしまう。
 序文にて本作を❝マニアック❞と評した。確かにドラマ化や映画化されることはなく、当初考えていたようなムーブメントも起こせなかった。しかし人生のある時期と重なるように出会う作品が読み手によっては印象深いものとなる。筆者にとってのソレがこの『初恋物語』なのである。
 昔読んだきりでストーリーもおぼろげなアナタ!本棚にコミックスを眠らせているアナタ!そして、折に触れ読み返しているアナタ!これを機会に『初恋物語』を一騎に読め!

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【ミニコラム・その5】

『初恋物語』とその時代、原作者の思わぬ誤算
本作で主人公とヒロインの絆をつなぐスポーツとして取り上げられたマラソン。その競技が選ばれた背景には、連載開始(80年)の夏に開催が予定されていたモスクワ五輪と、梶原自身が製作総指揮を務めた翌年6月公開の映画『リトル・チャンピオン』(主演は島田陽子)との関係があった。同映画は、単身米国に渡り苦難の末にボストンマラソンで優勝した実在の女性・ゴーマン美智子の半生を映画化したもので、当初の目論見としては『初恋物語』と連動させて盛り上げていく算段だったようだ。しかし79年末に起きたソ連のアフガニスタン侵攻に反発した国が続々と五輪参加をボイコットしていくなかで、80年5月に日本も不参加を決定。この予期せぬアクシデントは、物語の展開のみならず映画の興行成績にも好ましからぬ結果を及ぼした。

第六回「初恋物語」(後編) を読む!