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ルールブック

第三回かぐやSFコンテストで選外佳作に選んでいただきました。作中のモデルを務めていただいた親方、Oさんに感謝を込めて。


「監督さん、ちょっといいですか?」

 小峰さんが目立たないように声をかけてきた。全体朝礼まではもう少し時間がある。
「何でしょう?」
「今日も暑くなりそうなんで、防音シートをメッシュに換えたいんだけど」
 今回の現場を仕切っているのが小峰さん。解体から基礎工事、RC(鉄筋コンクリート)造の躯体工程までこなす一人親方で、腕の確かさはもちろん、段取りの良さと気遣い、職人の面倒見の良さにも定評がある。確かに今日の予想最高気温は昨日より高い。足場を囲う防音シートは風を通さないから、メッシュシートに替えれば作業環境は格段に良くなる。活動者の体調管理への配慮も評価ポイントである。今日の作業内容なら騒音や塵芥はひどくない。現場監督である私が先に気づくべきであった。
「おっしゃるとおりですね。そうしましょう」
「どうも。じゃあ、監督さんから、という形で指示出しをください。朝礼が終わったらちゃっちゃと済ませます」

 全体朝礼は8時に始まる。ラジオ体操とその日の作業工程の確認、各自の安全装備の相互チェックが中心である。シートをメッシュに換えるとの私の指示には、職人たちから「ウィーす」と明るげな返事が返ってきた。それと今日はもうひとつ、大事な伝達事項がある。私は全員の顔を見回しながら話した。
「前に機材のテストもしましたが、今日は収録の本番です」手にしたカメラボールをふわりと宙に浮かべる。
「こういうのが16個、今日はみなさんのまわりを飛び回って記録します。人やモノは自動で避けるので、気にせず作業を進めてください。AIが〝この絵が欲しい〟と判断したら手元まで寄ってくることもあります。邪魔な時は〝危ないから下がって〟と言えば離れます」
「こっちからちょっかい出すなよ。特にヨウヘイ! ボールに気ィとられて手ェ止めンなよ」小峰さんの突っ込みに場が少し和む。ヨウヘイのガジェット好きはみんながよく知っている。今も宙に浮いたカメラボールをガン見していた。
「事務所と、それから私のヘルメットにも記録用のカメラが付いてますが、いつものように接してください」
「監督さんとはカメラ目線で話をすればいいんですか?」混ぜっ返したのは、パワーアシストユニットを腰に装着済みのキョウコだ。私に個人的な好意があると周囲に公言している。その好意には応えられないと私もオープンな場で返したが、キョウコはあきらめていない。こっちは五十絡みの夫持ちだというのに。
「却下です。私の目を見て話すように!」
「えー、恥ずかしィ!」また場がわっとなる。
 パン!パン! ゆるんだ雰囲気を切り替えるように小峰さんが大きく手を叩いた。
「キョウコもそこまでだ。気ィ引き締めていくぞ。いいか。いつも言ってることだけど、俺たちの作業で固めた土台があってこそ100年もつビルが建つ。安全に、着実に、手を抜かずにいい仕事をしていきましょう。」
 続けて私も今日一番の声を出した。
「今日もよろしくお願いします。ご安全に!」
「ウィーっす!!」
 年齢や性別、国籍を超えて全員が威勢よく返事をして朝礼は終了。4~5名が防音シートの貼り替えを始め、残りは持ち場に散った。小峰さんは、ギリギリの現場到着になったユウリィを前に説教だ。ユウリィは安全確認でファン付作業着のバッテリー充電が十分でなかった。小峰さんは自分のバッグから予備バッテリーを出してユウリィに装着させている。厳しく叱りもするがフォローもする。江戸時代からのとび職人の系譜に連なる、彼の気質の一面を見たように思う。

 私はその後すぐ、周辺住民からの「路上に捨てられた飲み物のボトルはそちらの職人ではないのか」とのクレームへの対応、次の鉄筋検査の日程の再調整、前の道路で緊急のガス管工事が入ることになったので工事会社との打合せ、施工監理も行う設計事務所からの相談が立て続けに入り、と、いつもの業務にあたる。気がつくと昼を回っていた。
 この間、私のヘルメットに取り付けられたカメラはずっと記録を続けている。カメラボールの映像も含め、データは全て現場事務所経由でクラウドに吸い上げられて、自動で整理が行われる。
 RCの鉄筋を組む作業は、午後も着々と進められた。特段のトラブルもなく、気温が思ったより低かったこともあってか、だいぶ進みが早い。午後休憩のあとすぐに今日予定していた作業は終わり、作業場所や加工場、資材置き場の片付けと清掃も済んだ。

「監督さん、今日はもういいですかね?」小峰さんが現場事務所に戻ってきて尋ねた。現場を一回りして、今日の作業の仕上がり具合をチェックしてきたのだろう。小峰さんがそう言うなら、今日はいい日だったということになる。
「そうですね。今日はあがりということで」
 最後に、集まった作業員を前に伝える。
「今日の収録は、みなさんのおかげでいい一日が撮れたと思います」小峰さんがすかさず突っ込みをいれる。
「これで賞金入ったら全員ボーナスな。姐さん、いいですよね?」みんながおおっとなる。
「ええっと、そこは会社と相談ということで。じゃあ今日はお疲れさま。解散です」
 全てのカメラが録画を終了した。

 私たちが今回挑んだ競技「ルールブック」は、いわばジャンル不問の異種格闘技戦である。ジャンル不問すなわち全ての活動がライバルで、ひとつのルールの元で競うスポーツといえる。指定テーマとその規則(ルール)に沿った活動の達成度を、多種多様な個人や団体のチームが競う。私たちが取り組んだテーマは〝チームプレイ〟。活動メンバーの多様性、独創性、楽しさ、安全性、トラブルからの復元力などの複数の評価指標があり、各指標を高レベルで達成したチームに高い評点がつく。
 活動の様子は固定カメラやヘッドセットカメラ、そしてカメラボールと呼ばれる自律型ドローンによって記録され、7分30秒の映像に編集される。公平を期すため編集作業は全て主催者のAIが行う。ストーリーに起伏をつけるため、完成映像にはトラブルや失敗シーンが必ず入るようAIのアルゴリズムが設定されている。私たちの完成映像には、小峰さんがユウリィを叱りつけているシーンも使われていた。
 投入資金や活動規模、撮影時間には上限があり、建築でいえば橋や高層ビルの解体・建築はスケールが大き過ぎて対象外。撮影時間も最大72時間の制約がある。
 参加チームは公開での映像審査に臨み、視聴者票と審査員票による総合点で結果が決まる。リアリティショーとしても人気があり、参加する企業にとっては好結果が得られれば営業アピールになる。器用なチームになると、自分たちの練習風景や準備の様子を撮って「ルールブック」に応募し、成果物である音楽やダンスを別のコンテストに応募したりする。ただ、「ルールブック」の評点と成果物の完成度が合致しないこともままあり、そのギャップがこの競技の面白さとも言える。

 私たちの「本町4丁目プロジェクト」チームは、3位入賞と満足できる結果が得られた。今回の賞金は全額、職人さんたちに還元しよう。ただお金で返すのではなく、ファン付作業服やパワーアシストユニットに使える新品のバッテリーがいいだろう。ユウリィやキョウコだけでなくみんなが喜んでくれるに違いない。どうやって会社を説得するかと思案しながら、私は他の入賞映像を端末で再生した。
 〝チームワーク〟の2位は、料理人チームによる結婚パーティーの準備風景。あの完成品の華やかな絵柄は私たちには真似ができない。1位はボランティアコーディネーターチームの72時間であった。台風水害が発生した自治体に専門スタッフチームが駆けつけ、一丸となって災害ボランティアセンターの立ち上げや救援物資の受け入れ準備に奔走する。スタッフの能力の高さ故か、災害現場なのに観ていてどこか小気味よい。今回はたまたまかもしれないが、被災地の県知事と市長が日頃から不仲であったため、双方の顔を立てる現場の苦労ぶりも際立っている。得られた賞金は被災地復興に使うのだという。評価指標には〝社会課題の解決〟があったことを私は思い出した。ここが1位なら仕方ない。くやしさは感じなかった。

 あぁもう、くやしいったらありゃしない。木崎勇太は結果を告げる画面を凝視したまま固まっていた。今回木崎たちが企画したテーマ〝チームプレイ〟は、ライバル社が企画したテーマ〝アドバンス〟の後塵を拝する結果に終わった。すべての活動がスポーツであるのだから、企画されたテーマ自体も審査対象になる。木崎は1回深呼吸をしてから、テーマ〝アドバンス〟の最優秀賞受賞作の映像を再生した。

 それは幼稚園の砂場あそびだった。園児たち数名が子どもの背丈ほどある大きな砂山をつくり、山頂から真下に穴を掘り下げ、山腹から水平方向に掘った穴とつなげようと苦心している。途中で砂山が崩れて泣き出す子や飽きてしまう子、穴掘りの邪魔をしてしまう子もいて、観ている方がハラハラしてくる。それを教諭が粘り強く対応し、あそびを積極的にリードする子も出てきて、ついには2つの穴が貫通した。別の子どもたちが七輪で熾した炭火を運び込み、長いシャベルで山腹の穴から炭火を奥へ押し込む。そして園庭から乾いた落ち葉や木切れを集めてきて山頂の穴から中へ落とし入れ、山腹の穴から団扇で空気を送り込む。火が燃え移った落ち葉は白い煙をあげ、ほどなくして燃えた木切れの炎も山頂に見えた。おお。火山の噴火だ。大成功だ。
「やったー!」
 飛び上がってよろこぶ子どもたちと教諭。その後は仲良く協力しながら消火と片付けが始まる。木崎は負けを認めざるを得なかった。

「これを含めてテーマをつくるべきだったな」
 彼は、競技全体を統括するグランドルールブックに記された、ある評価指標例に目を落とした。

〝未来〟。