道路は、こうやって黒ではなくなった

イントロ(本稿はかぐやSF応募作品の楽屋裏話です)

創作SFの2作目である「昔、道路は黒かった」を、第二回かぐやSFコンテストに応募したところ、思いも寄らず、最終候補に残って多くの方の目に触れ、さらには読者投票対象として比較評価される栄に浴しました。改めまして、企画運営にあたられたみなさま 審査員のみなさまに厚く御礼を、各賞受賞のみなさまには心からお祝いを申しあげます。

こうした事態は初めてでして、少々うろたえていたのが8月上旬。月が代わって少し冷静になりました。大変多くの方(当社比:3人以上です)に楽しんでいただけたようでしたので、御礼の代わりになるかどうか、舞台裏をお見せするのも一興かと、記録と記憶を振り返ってまとめたのが本投稿です。

数多の創作やそのレベルアップに力を注いでいる方から見ると、なんだこんなやり方は、と思われるかもしれません。本作はいわば取材記事のような手法で作られています。作者には業界誌の雑誌編集の経験が10年ほどあり、そこでの原稿執筆の経験が、創作手法や文体にも現れているように思います。

前置きが長くなりましたが、本稿も楽しんで読んでいただければ幸いです。

なぜ「道路」だったのか

車通勤なので、毎日道路と向き合っています。テーマ「未来の色彩」を考えた時、風景、都市景観を含めたランドスケープの未来はどんな色だ? と思いつき、毎日見ている道路の色を変える、という作品のゴール(いや、スタートか)が生まれました。

視覚や感覚の変容といった方向からのアプローチは、きっと多くの人が取り上げてくるでしょう。同じ土俵に乗れるとは到底思えません。(追記:他の最終候補や選外佳作を読んでなおその思いを強くしました。どれもこれもすげー…語彙貧困)
だったら自分に近しいテーマ、あまり他と競合しなそうな切り口で、第一回同様に描写のリアルさを追求する方向に振りました。

ちなみに、「さなコン」への応募作をどうするかで悩んでいた頃に第二回かぐやSFの実施を知り、指定された書き出しの先がどうしても書けず、さなコンはすっぱりと諦めました。

文系創作者による理系分野のリサーチ

運転者として見る道路の良し悪し、様々な変化は、毎日乗っていれば色々な気付きがあります。道路の色なら舗装工事でしょう。アスファルト舗装からの置き換え先として現実的なのはコンクリート舗装ですが、ここで最初の行き詰まりです。作者の分野は、福祉・介護・保育、あとは合唱なら割と近しいものの、土木はまったく専門外です。

技術内容や工事現場の様子の描写は、短い執筆期間で高めるには無理があります。リアリティを持たせるため主人公は引退した元営業職、舞台は回顧場面とします。もちろん営業職でも技術が分かってないと仕事になりません。最低限ボロが出ない程度の知識(いや、出たかも)を、にわか勉強で仕込むことにしました。

論文数本、関連団体・個人のサイトを読む中で、鹿島建設さまの「CO2吸収型コンクリート「CO2-SUICOM」に行き着きます。調べた範囲では同社の道路舗装への参入実績は見つけられず、しめしめとこちらの新技術の視点を社名とともに使わせていただくことにしました。直接に鹿島建設さまを舞台にした物語ではありませんが、怒られたら取り下げます。未来の工事の話ですから、エコな要素はぜひ取り入れたいという欲望が勝ちました。

アスファルトの原料となる石油の需給予測は、火力発電所の減勢と合わせて我田引水。たぶんこんな方向じゃないかなと。

では道路に色をつけよう。施工後に表面を黄色や白のラインのみならず、赤や青、緑に塗ったアスファルト舗装は既にあるので、こっちは材料段階から色をつけてしまおう。当初は地球環境に優しいということで何となく青かなと。

この辺りで、第二東名高速の西への延伸工事に採用されて、という大風呂敷を拡げ始めました。ルートがあるかなあとか、名阪道とつなげるかなとか。地図を見たり渋滞情報を調べたり。第二東名を厚木以東に伸ばすのは、立地的にも無理がありそうです。地下では工事が大規模化し過ぎるし、東海道新幹線の線路の真上を高速道路にするプランもちょっとだけ考えました。

行き詰まりにぶつかる

主人公である元営業職の昔語りは、最初は穏やかに来し方を振り返っていくような調子で書き進めていました。回想法(学生の頃の現場実習で初めて経験しました)を用いた場面展開も、わりとすんなり出てきました。この辺りは私に近しい分野です。

そこにリアルワールドから影響したのが、少し時間は経っていましたが某元総理の女性蔑視発言です。元総理にこの元営業職の姿が被ります。彼が現役の頃はハラスメントを無自覚にやっていた可能性は少なくありません。単に公職から退いていただくだけでなく、老いた彼(元総理)と彼(元営業職)にどう接していくことが望ましいのか。福祉分野の末席に身を置く者として、そんなことも並行して考え続けていました。2回目の、本作最大の行き詰まりです。

敗北 バッドエンドの結末へ

作中では結局、いわば暴言を吐く利用者に対するケアを突き詰めずに、スルーという「援助」方針を立てることになってしまいました。これでは座敷牢や隔離収容と同じです。支援サービスを行う法人の倫理委員会なんて後付けの入れ知恵でしかなく、単なる言い逃れと自分への言い訳です。こんな作品書いてていいのか? 俺。

命尽きるまで絶えず心身ともに変わり続けていく利用者に対して、その言動に関わらずできる限り支援を提供していく、プロフェッショナルな援助者の姿勢をどうにか見せたかったのですが、物語の構成や話の展開を考える中では、あんな対応しか作中では表現できませんでした。。。利用者軽視、人権侵害と指摘を受けても俯くしかありません。この業界に身を置きながらこれしか導き出せない、今の自分の力の無さ故の敗北です。

適切な支援ができないのであれば、物語もディストピアとバッドエンドの結末でしか着地できないようになりました。作品に物悲しさや読後感の悪さを感じられ、楽しめなかった方には申し訳ありません。

未来の色をした舗装は、“忌まわしき存在”として締めくくるしかありません。さあどうするか。色々考える中で、スリップを起こしやすい植物が繁茂するという事態に行き着きます。コンクリートの割れ目から伸びる生命力の強い地被植物として、ヒメイワダレソウをピックアップ、さらにその変種という設定に。ここで着色される道路の色は緑に変更。文末に挟んだ、可愛い花の咲く、悪意の無い植物がもたらす悪夢。う〜む。

変種がなんで繁茂するのか。植物が繁殖するためには栄養が必要。グリーン・ペーブメント自体が培地となるように、資材材料には、化学肥料の3要素のうちのリンとカリウムまでを含み、残る窒素は大気中から取り込むという、いささか無理のあるオチで、物語の落ち着きどころが見えてきました。あまりにも初歩的過ぎる見落としなので、バカらしく思えるかなと心配もしつつ、かつてバケツでウラン溶液汲んで臨界状態をつくるてな事故もあったし、他にアイデアも浮かばなかったのでこれでいくことに。

登場人物は2人 細かく明記しないことの意味

4000字と短い構成ですので、セリフのある登場人物は最初から1人ないし2人までと決めていました。老人の独白だけで構成してもいいのですが、会話で進行していく方法が書きやすかったので、支援者(読者がなんでもイメージできるよう、あえて施設も職種も明記しませんでした)を加えます。

話がそれますが、過去の事実ではない、作中の「今」の何かについてカテゴリーや具体的な名前を明記しないことは、大きく二つの意味があると考えています。ひとつは、読者が想像できる余地を残しておくためです。もうひとつは、未来にその名前が陳腐化したり死語になっていたら、書いた私が恥ずかしいからです。ミレイさんは、最近の名付け方ですと「美麗」とかなるのかもしれません(漢字変換で最初に出てきた)。画数が多くて習字の時間や書類の作成は苦労しそうです。でも未来だと、音の響きは残るかもしれませんが、当てる字が変わったり、漢字そのものが変わっている可能性はあります「えー、なんだか平成とか令和っぽい名前だね」って言われたりして…。戸川さんは“昭和の男”(1988年以前の生まれ)設定なので、そのまま漢字を与えています。

その戸川さんの名前付けをしたのは、執筆の後半戦にさしかかる頃です。普通にある、でも多すぎない・珍し過ぎない名前を考えていて、妻のボランティア先でご一緒させていただく、“とがわさん”の響きがちょっといいなと思っていました。妻に確認すると、私が思い浮かべた漢字は、実際のご本人の字とも違うとのこと。よし。こうして「戸川さん」が生まれます。ちなみにキャラも全く異なるそうです。

ミレイさんは、ネーミングも含めて特定のモデルはいません。専門職として戸川さんのセクハラ発言を知らん顔で“スルー”して受け止める役割をこなしてもらえれば十分です。語り口は淡々と。戸川さんが、自身の武勇伝であるベタな話を嬉々と話すのと対照になるように。戸川さんとの構図を分かりやすくするため、文中で明記はしていませんが性別は女性に。なお、この援助方針“スルー”を受け入れたところが彼女にとっての「敗北」です。…納得するなよぉ。

細部の設定、小物、小ネタの配置

戸川さんの名前が決まったところで、悪意の無い邪悪さが言動の端々から次々と浮き彫りになります。問題のあるクライエントの自己決定という影のテーマにも結びつき、物語では踏み込んだ議論から逃げるために判断能力が十分ではない認知症を設定、さらにそこにいたる要因として糖尿病由来の視力の低下、腎機能不全による週2回の人工透析など、戸川さんには辛い状況設定が次々に生まれます。さらには司馬遼太郎を読んでないことまでミレイさんに見透かされ、書きながら哀れになってきました(そうしたのは自分だろ)。でも本人は多幸感にあふれた時間を過ごしている・・・。後半に長いバッドエンドの描写を展開し、書き出しののんびりとした空気に対比して、本作の描く未来の色彩は、死を招く色になってしまいました。やれやれ。

かつしかハープ橋、渋谷駅前のスクランブル交差点、第三京浜道路の都築ICは特に深い理由はありません。単に写真で形状だけ見て印象的なものを選びました。

グリーン・ペーブメントの売り込みデモで使ったヒマワリ畑は、知ってる人が読めばニヤっとすることをねらったあざとい採用理由を入れておきました。北沢市長は伊藤計劃「ハーモニー」を読んでいたのか、と。もっとも、伊藤計劃自身、同作で堂々と「蒼き衣をまといて黄金の」と書いているので、ナウシカの影響を受けているじゃないかとも。ついでに北沢市長にも贈収賄をかませて、登場人物誰にも幸せな未来は残しませんでした。・・まあ、戸川さんは幸福に包まれたままで生涯を終えるのかもしれません。

具体的な固有名詞の配置は、怒られない程度にちりばめています。SFが初めてだという人にとっても読みやすいように。また少しマニアックにも書いたりして。

推敲

だいたい内容の要素がまとまったところで、絞り込みと推敲に入ります。この時点で書き溜めた合計字数は4000字を遥かにオーバーしているので、不要な描写やくどい表現、説明はどんどん削ります。第二東名の延伸はここでカット。新型コンクリート技術の文献登場は2020年「頃」(鹿島建設さまは実際にはもう少し前に発表、受注を始めてます)として、物語登場時の戸川さんの年齢が90歳だとして逆算して、植害が顕在化した時期、戸川さんが営業実績を上げた期間、それらのバランスを考えて、定年退職を70歳にしました。戸川さんの饒舌さをあんまり減らすと作品から脂が抜け過ぎるので、削ってはまた戻したり、表現を変えてみたり。追記:それでも情報量が多過ぎるとの審査員評はご指摘の通りです。

書き出しと締めは気を遣いました。書き出しは、初見の読者にそのまま続けて読んでもらえるような含みをもたせて。…決定稿の「戸川さんにはこっちじゃない」に至るまで、「戸川さんはこっちにしよう」「違った。戸川さんはこっちだった」「戸川さん用はこれね、と」等と、セリフにに含まれる(意図せず含まれてしまうものも)意味と、含まれない意味、しぜんなつぶやきっぽさなどをあれこれと検討しています。

締めの「死を招く白い花」は、つい仮面ライダーに出てきた怪人シオマネキングを連想してしまったのですが、思いついちゃったもんはしょうがない。そう言われても甘んじて受けよう。ヒメイワダレソウの花の写真をネットで見てそう決めました。

原稿が制限字数以内に整理されたところで、本好きだけどSFは読まない拙宅の子供2人(社会人と大学生)に読んでもらい、感想と意見をもらいました。指摘を踏まえていくつか修正をしています。とりわけ上の子からは、冒頭の描写にはもっと雰囲気描写が欲しいといわれ、部屋の空気感など書き直しています。感謝!

完成と提出 これから

最後に表題です。ひねりのない、どこかで聞いたようなありふれた表記になりましたが、念のため検索して既出作品と重複しないか確認して一応の完成です。一晩寝かして、もう一度読み直します。そういえば、商品名の「グリーン・ペーブメント」って適当に付けたけど、特許庁の商標登録と被っていないか検索…「グリーンペイブメント」があったぁ!! これはピンチです。先行して登録済みの商標と近似しており誤認される、と特許庁からリジェクトされることは確実です。ただ、今から適切な名称を考える時間も気力もありません。仕方がないので無理やりこじつけた事由で押し通し、そのことも戸川さんの武勇伝に追加してしまいました。こういうのを火事場泥棒と……。

こんどこそ完成。提出です。不出来な部分も残り、また明らかな漢字の誤変換も見逃しましたが、それなりにこだわって書けましたし、自分自身の姿勢はともかくとして、作品自体には満足しています。

この先何か書き続けるかどうかは未定です。日常的に文学創作をしているわけではないので。また何か機会があれば考えてみたいと思います。

駄文に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。