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マック技報Talk_009 〜普段使いのフローリアクター_その2(還元反応編)〜


マックエンジニアリング株式会社・技報担当
《マイクロリアクター専用ウェブサイト》

 普段使いのフローリアクター(連続フロー式反応器)である「常圧型マイクロスケールCSTR®」を使用したラボスケール連続フロー合成(連続生産)の実施例です。今回もまた、長文になることを気にしつつも、写真や動画を交えてお伝えします。

1.はじめに

 前回に引き続き、今回の内容も「常圧型マイクロスケールCSTR®」を使用したラボスケール連続フロー合成の実施例です。
 この記事もまた、通常の研究開発(ラボスケール)の中で行われる、ごく普通の有機合成にこそ「フローリアクターが使える」ことを示すのが目標です。

「フローリアクターが使える」のイメージは、「適切なフローリアクターを選択・使用して、バッチ合成と同等の反応条件で連続フロー合成を実施すれば、バッチ合成と同等の収率で目的物が得られる。しかも、操作時間次第で、”安全・安心”を確保しつつ多量の目的物が得られる」です。

マックエンジニアリング・ノウハウ

 さて、今回のテーマは還元反応です。言うまでもなく、ラボスケールでも工業生産(商用)スケールでも、非常に多くの反応工程で使われています。比較的身近なものとしては、接触水素化(いわゆる水添)反応もそのひとつです(参照:マック技報Talk_007)。
 使用する還元剤については、色々なものが市販されていますが、大学の練習実験や研究室でおなじみのものとしては、高い還元能力を持つLAH(水素化アルミニウムリチウム)があります。
 今回の実験では、(連続フロー合成にお勧めの還元剤である)水素化ビス(2-メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウム・トルエン溶液(別名:Red-Al®、Vitride®、SBMEA-H、SBAH、等。以下、Red-Al®と示す)を使いました。LAHと比較すると、(還元能力がLAHに近いにもかかわらず)より安心・安全に取り扱うことが可能です。LAHと同様でRed-Al®も湿気に敏感なものの、水素化ビス(2-メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウムの濃度が65〜80wt%の安定したトルエン溶液(高濃度ですが固形分が分散されたスラリーではなく、完全に溶解しています)ですので、取り扱いやすいばかりか、シリンジポンプでも送液可能です。また、LAHを使用した場合と同様、適切な後処理(クエンチ)を行えば、反応混合物の取り出しも通常と変わりません。なお、今回の実験では、ロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)の飽和水溶液でクエンチしました。

2.還元反応の連続フロー化

 その還元反応ですが、具体的には「3-フェニルプロピオン酸エチル(1)を出発物質とした3-フェニル-1-プロパノール(2)の合成」です。

反応式:3-フェニル-1-プロパノールの合成

 前回同様「連続フロー合成の練習用(学生実験用)」としても、広く応用できる合成例だと思います。

2-1. バッチ合成(事前検討)

 通常の手順どおり、リアクション・バイアル(容量:3mL程度)を使ったバッチ合成(いわゆるマイクロスケール有機合成実験)を行い、おおよその最適条件を掴んでおきました。
 その結果、「反応温度:室温付近、滞留時間:1時間」で、定量的に反応が進行することを確認しましたので、これを連続フロー合成に適用しました。

写真:バッチ合成の様子

2-2. 連続フロー合成

【注】常圧型マイクロスケールCSTR®を使用した連続フロー合成に関する共通した実験操作の詳細については、前回(マック技報Talk_008)を参照して下さい。

2-2-1. 装置

2-2-1-1. 主な装置・器具・部品
 始めに全体のイメージを見て下さい。

写真:実際の実験装置

 当社製品を含め、ほぼ全て市販の装置・器具・部品を組み合わせたもので、主なものは以下のとおりです。

・常圧型マイクロスケールCSTR®(反応槽数:5、受液槽数:1) 1セット
  ※CSTR本体材質:SUS316L  ※液張り量:約14mL(5槽合計)
・ホットスターラー 1セット(含:温度センサー)
・注入用シリンジポンプ(ワイエムシイ社YSP-101) 2セット
・抜出用シリンジポンプ(ワイエムシイ社YSP-301) 1セット 
・注入用FEPチューブ(外径1/16インチ、内径1.0mm) 2本
・抜出用FEPチューブ(外径1/8インチ、内径2.17mm) 1本
・注入用ルアーロック・シリンジ(20mL) 2セット
・抜出用ルアーチップ・シリンジ(ルアーロックなし、50mL) 1セット
・シリンジポンプを活用する反応液抜き出し装置 1セット
・温度記録計(サトテックTM-947SDJ)

2-2-2. 試薬調整

 この実験では、「2種類(A液、B液)の溶液を調整し、これらを常圧型マイクロスケールCSTR®へシリンジポンプ2台で注入する」という想定で試薬を調整しました。

【使用した試薬】 ※FF和光=富士フイルム和光純薬
・3-フェニルプロピオン酸エチル(1) 東京化成 >98.0%
・ジグリム(ジエチレングリコールジメチルエーテル) FF和光 和光一級
  ※事前にモレキュラーシーブス3Aにて脱水したものを使用した。
・Red-Al® = 水素化ビス(2-メトキシエトキシ)アルミニウムナトリウム・トルエン溶液 FF和光 ca. 70wt%
・ジフェニルエーテル FF和光 和光特級
  ※反応収率算出のための内部標準として添加

【A液内訳】
・3-フェニルプロピオン酸エチル(1) 18mmol
・ジフェニルエーテル 9mmol
・ジグリム x mL
【B液内訳】
・Red-Al® 36mmol
・ジグリム y mL
【注】ジグリム45mLを「試薬調整後のA液とB液が等量になるように」振り分け(すなわち、x+y=45)、それぞれの液を調整しました。

 試薬調整後、それぞれ、シリンジポンプ用の注入用シリンジ(20mL)に充填しました。

2-2-3. 実験

 まず、実験装置を組み立てました(参照:実際の実験装置の写真)。
 次に、クライゼン管の(冷却管が接続していない方の)蓋を開け、常圧型マイクロスケールCSTR®の中央槽へ、ジグリム15mLを注入した後、撹拌(設定値:1000rpm)と加熱(設定値:40℃)を開始しました。
 常圧型マイクロスケールCSTR®の第1槽が設定温度(40℃)まで昇温後、注入用シリンジポンプ2セットを使い、AおよびB液をそれぞれ7mL/hの流量で、常圧型マイクロスケールCSTR®の中央槽へ注入開始しました。同時に、反応液抜き出し装置(含:抜出用シリンジポンプ)の動作を開始しました。

 AおよびB液の注入停止後、直ちに溶媒(ジグリム)のみを、シリンジポンプ1セットを使って14mL/hの流量(または、シリンジポンプ2セットを使って各7mL/hの流量)で、常圧型マイクロスケールCSTR®へ、1時間程度、注入(反応装置内溶媒置換)すれば、無駄なく反応液を回収できます。
 なお、抜き出した反応液(反応混合物)については、ロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)の飽和水溶液でクエンチした後、4-メチルテトラヒドロピラン(MTHP)で抽出しました。その後、このMTHP抽出液を無水硫酸ナトリウムで脱水、ろ過後、目的物を含むろ液を得ました。
 その後、TLC分析とGC測定を行いました。

2-2-4. 結果

2-2-4-1. TLC分析
・順相TLCプレート(写真左):メルク社・シリカゲル60F254
 展開液:トルエン
 検出:UV(254nm)
  原料:3-フェニルプロピオン酸エチル(1)(Rf=0.3付近)
  目的物:3-フェニル-1-プロパノール(2)(Rf=0.6付近)
・逆相TLCプレート(写真右):メルク社・シリカゲル60RP-18F254s
 展開液:アセトニトリル/水=70/30
 検出:UV(254nm)
  原料:3-フェニルプロピオン酸エチル(1)(Rf=0.7付近)
  目的物:3-フェニル-1-プロパノール(2)(Rf=0.3付近)

写真:順相(左)および逆相(右)TLCプレート
S:出発物質(原料)                          
C:出発物質と反応混合物の重ね打ち
R:反応混合物のMTHP抽出液           

2-2-4-2. GC-FID測定と収率算出
 収率:>95%(GC-FID内部標準法/内部標準:ジフェニルエーテル)

3.おわりに

 「普段使いのフローリアクター」を目指す常圧型マイクロスケールCSTR®にとって、今なお、実施例が絶対的に少ないのが実情です。少しずつではありますが、今後も、このフローリアクターを使用する、色々な種類の連続フロー合成の実施例を順次記事にしていく予定です。

 今回はこれまで。最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。

CSTRを使用する連続フロー合成関連の総説の例】
1) Cherkasov, N. et al., React. Chem. Eng., 2023, 8, 266-277
2) Noël, T. et al., Chem. Rev., 2022, 122, 2752-2906
【連続フロー合成関連の一般的な書籍】
・吉田潤一監修, フローマイクロ合成の実用化への展望《普及版》, シーエムシー出版, 2023


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