今の世代の人は焼き場で骨が残るのか? 第4章の3

 先日、謡の練習のために片耳のイヤホンをネットで注文した。それもふと、あのしょうもなく退屈な会議をどうやって過ごそうかと思い、ワイヤレスのイヤホンで聞いていたら時間が有効に使えるかもしれない。片耳で小型なら会議の進行を知り得るし、謡も聞きていける。これはとてもいい品物だなどと、ふしだらな発想がなされたことがきっかけである。実際は、散歩中や電車での通勤中に、片耳のイヤホンはとても使い勝手が良さそうであり、PCから直ちに注文した。目的のイヤホンは翌日自宅に配送され、直ぐ手元に置かれた。何とも便利な世の中である。
 昔もこんなものが欲しいと思いつき、直ぐにその目的のものが売られていることが予測される売り場に出かけた。本屋であり、家電店、ホームセンターなどである。さすがに夜間に動くことはなかったが、翌日と思うと何か落ち着かない。来週の休日となると、ますます落ち着かない。早く手に入れたい気持ちが勝るのである。昼間では、先ず予想される売り場へ直行し、探すことから始まる。目的のものが直ぐに見つかることは稀で、捜してもなかなか見つからない。ただ見つかると、「ほお、ここにあったか」と、満足感に浸る。目的のものを使う前の取得欲求の充足である。なかなか見つからず店を転々とした後に取得された時は、いっそう満足感は高まる。ただ、最初目的としていたものが見当たらず、類似したものしかない時はもやもやした不満も生じる。この類似した品で妥協するのか、いや本来のものをもっと探そうなど、様々な思いが巡る。類似品で妥協した後日、目的のものを別の店頭で目にした時は後悔がこみ上げる。しかし、既に類似品を使っていて使用状況に満足していれば、当初の物品を目にしてもさほど思いは沸かない。
 しかし、本やレコードとなるとそういうわけにもならない。必ず、目的のものが取得されないと納得行かない。

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